第71話 対決

「まねちゃんっ!!」


 寮から飛び出してきた人影に目を凝らす。


「志岐君?」


 その後ろにおかやんも見えた。


 志岐君は私達の前まで来ると、腰を支えられている私に気付いて、驚いたようだった。


 おかやんもようやく追いつき、目を見開く。


「まねちゃん、どこか怪我したの? 朝から夕日出先輩と出掛けたままだって、たった今聞いて探しに出て来たんだよ」


「……」


 志岐君は無言のまま私の横に立つ夕日出さんを睨んでから、静かに問いかけた。


「どういうことですか? 夕日出先輩」


 怒ってる。まずい。


 すごく怒ってる。


「ま、待って志岐君! これは夕日出さんのせいじゃなくて私が……」


「俺が無理矢理連れ出した。だったらどうする?」


 夕日出さんは私の言葉をさえぎって、志岐君を挑発するように尋ねた。


「な、なに言ってるんですか、夕日出さん!」


 私の言葉が聞こえてないように、二人が睨み合ったまま空気が張り詰める。


「俺と勝負をして下さい、夕日出先輩!」


 唐突に志岐君は言い放った。


「ちょっ……志岐君!」


 せっかく夕日出さんが、もう志岐君に手出ししないと言ってくれたばかりなのに。元の振り出しに戻ってしまう。


 どうして!


「何の勝負? この子を取り合って殴り合いでもすんのか?」


 夕日出さんが可笑しそうに笑った。


「そんなんじゃありません。野球一打席分の勝負です」


 志岐君の言葉に夕日出さんは笑いを消した。


「投げられるのか?」


「10球が限度です。試してみましたが、10球を過ぎると痛みが出て無理でした。でも、10球だけなら、全力で投げられます」


 夕日出さんは静かに目を伏せた。


「……そうか」


「来週の日曜の朝。野球部の練習が始まる前の少しだけ、マウンドを貸してもらえませんか?」


「……わかった。俺から野球部の連中に頼んでみる」


「ありがとうございます」


 志岐君は深々と夕日出さんに頭を下げた。


 それから背後のおかやんを見た。


「おかやん、俺のボール受けてくれるか?」


 おかやんは瞠目してから、すぐに顔を紅潮させた。


「俺でいいなら……喜んで……」



 ああ、そうか……と私は気付いた。


 これはもう、私が立ち入ってはいけない領域なんだ。


 苦楽を共にしてきた野球部と志岐君が自分達で解決しなければならない問題。

 私の出る幕など最初からなかったのだ。


 しかし、志岐君は最後に私に呼びかけた。


「まねちゃん」


 そっと輪の外に出ようとしていた私は、驚いて顔を上げた。


「出来たら、見に来て欲しい。俺の最後のマウンドを……」


 思いがけない言葉に胸が詰まる。


「い、いいの……?」


「誰よりも俺を応援し続けてくれたまねちゃんだから……見て欲しい」


 ああ……。


 こんな夢のような言葉があるだろうか?

 ファンなら誰でも一番欲しい至極の言葉。


 もう、この言葉だけで生きていける。


 胸が一杯で答えられない私に、夕日出さんがふっと笑った。


「グラウンドは本当は女子禁制だけど、まあ、あんたならいいんじゃない? 野球部の連中も納得するだろう」

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