第70話 夕日出さんとのデート④
「ごほっ、ごほっ、げほっ」
プールサイドに体を押し上げられ、私は咳き込んだ。
「あほっ! 何やってんだよ!」
私の後から上がってきた夕日出さんが猛烈に怒っていた。
「す、すみませ……ごほっ、げほっ」
「えっらそうに栄養学だのトレーニング計画だの言っておきながら、自分が肉離れおこしてんじゃねえよ!」
「ご、ごめんなさ……けほっ」
台無しだ。
ここまで積み上げてきたものが、すべて台無しだ。
念入りに練ったトレーニング計画も、朝早く起きて作った弁当と軽食も、すべて説得力のないものになってしまった。
「俺のマッサージだけやって、自分のこと忘れてたのかよ! それで溺れてたんじゃざまあねえだろうがよ。こんなことで俺を満足させられると思ったのか!」
「ご、ごめんなさい……」
ダメだ。満足させるどころか怒らせてしまった。
私は本当に役立たずだ。
志岐君を助けるどころか、いつも逆に窮地に立たせてしまう。
自分が情けなくて涙が溢れる。
この上泣いたりしたら、もっと最悪だ。
ぐっと堪えて唇を噛みしめた。
「お前はっ……」
しかし更に怒鳴りつけようとしていた夕日出さんは、それを見て言葉を途切れさせた。
そして、ぽんっと私の頭を軽く撫ぜるように叩いた。
「もういい。着替えてゆっくり風呂にでも浸かって体を温めてこい。ロビーで待ってるから」
久しぶりのハードなトレーニングに余程筋肉が驚いたのか、肉離れはびっこをひくぐらい酷かった。テーピングを巻いて幾分ましにはなったが、歩くのには時間がかかりそうだった。
ゆっくり風呂に浸かれと言われたが、私は軽くシャワーだけ浴びて、大急ぎでロビーに行って夕日出さんを待った。
しばらくして現れた夕日出さんは、先に来ていた私を見て、ますます不機嫌な顔になった。
「こういう時、男より早く着替えて待ってる女ってどうなんだ? 普通の女って髪を乾かしたりスキンケアしたり時間かかるもんじゃないのか? 女より時間がかかった男も恥ずかしいだろ。ちょっとは考えろよ」
「す、すみません。待たせては申し訳ないと思ったので急ぎました」
「髪も半乾きじゃないかよ。……ったく」
夕日出さんはどっかりと私の隣りに座った。
「あの、夕日出さんは先に帰って下さい。私は一人でゆっくり帰りますから」
「は?」
夕日出さんは怒った声のまま聞き返した。
「荷物になりますが、夕ご飯も作ってきたんです。夜は炭水化物を少なめに、野菜と豆類を豊富に、体に負担をかけないようにしています。久しぶりのハードな運動で多分いつもより体に負荷がかかってますから、出来ればこれだけは食べて欲しいのですが……」
「……」
夕日出さんは驚いたように、私の差し出す弁当と私の顔を交互に見た。
「あと、野菜ジュースも一緒に……」
「あんたは?」
「え?」
「あんたは俺を先に帰らせてどうするつもりなんだよ?」
「あの……、わたくしちょっとばかり歩くのに支障が……。なので、自分のペースでゆっくり帰ろうかと……」
「あほか!」
「え?」
「デートで歩けない女を置き去りに帰る男がどこにいるんだよ! 俺を最低な男にするつもりか!」
「あの、そもそもこれはデートでは……」
「うるさい! ほら、掴まれよ。行くぞ。あー、そのダッサい荷物も持ってやる。貸せよ、くそ、かっこ悪いなあ」
夕日出さんはブツブツ文句を言いながらも、結局荷物を全部持って寮まで私の腰を支えながら歩いて帰ってくれた。
いつの間にか、志岐君が怪我をする前の夕日出さんの印象に戻っていた。
そうだった。
いつも面倒臭そうにしながらも、意外なほどに仁義に篤い人だった。
「あの、出来たらリベンジを……」
「あ?」
「もう一度チャンスを……」
「ああ、もういい。志岐襲撃計画を実行させる気なんか最初から無かった。あいつらの気持ちを
「え?」
聞き返そうとした私の言葉を遮るように、夜道の向こうから声が響いた。
「まねちゃんっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます