第69話 夕日出さんとのデート③

「おいっ! ちょっとずるくないか?」


 私と夕日出さんは、今度はバーベル上げ勝負をしていた。


 夕日出さんは両端にフライパンぐらいの大きさの重りをつけ、私は申し訳程度の重りをつけていた。バーだけだと言ってもいいぐらいだ。


「当然です。私は陸上選手で腕の筋肉はさほど鍛えてないですから。ハンデです」

「ハンデ大き過ぎだろう! ずるいぞ」


「女子相手に大人気おとなげないこと言わないで下さい」

「都合のいい時だけ女子ぶりやがって」


 バーベル勝負にも勝つと、ボリューム満点のアスリート養成弁当を休憩室で食べた。


 ぶちぶち文句を言っていた夕日出さんは、から揚げの味がとても好みだったらしく、すっかり機嫌を直していた。


 やっぱり単純だ。きっとB型だな。


 昼食後は日本初上陸とうたわれた複合マシンや体幹トレーニングのコーナーを試してから、このジムの売りであるトランポリン室に入った。


 もちろん昨日予約しておいた。


「やってみたかったんです、トランポリン」

「俺パス」


「ええっ? なんでですか?」

「なんかカッコ悪くなりそう」


「ええー、せっかく予約したのに」

「あんた一人でやればいいじゃん。俺休憩してるから」


「い、いいんですか? 私一人で20分飛び跳ねますよ」

「いいよ。好きなだけ飛び跳ねてろよ」


 夕日出さんは少し可笑しそうに笑って、室内のベンチに腰掛けた。

 夕日出さんを満足させる約束だったが、私の方が満足したかもしれない。


 本格的なトランポリンは思いのほかよく跳ねて、二階分の吹き抜けになっている天井に届きそうだった。


「一回転出来そうです! やってみます」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら言うと、私はくるりと一回転した。


「すごいな、あんた」

 夕日出さんはベンチで感心しながら眺めていた。



 軽く軽食のサンドイッチを出すと、最後は水泳だ。


 夕日出さんはレンタルのスイムウェアに着替えて現れた。


「なんだよ、ビキニでも着てくんのかと思ったら、色気のない水着だな」


 私は持参の太ももから二の腕までびっちり着込んだスイムスーツだった。


「私の胸など、長年のトレーニングで筋肉と化していますから、夕日出さんの期待に応えられるものなど何もありませんよ」

「お前に期待なんかしてるかよ」


「ではクロール勝負です」

「けっ! 今度こそ勝つからな」


「10秒ハンデでお願いします。私がスタートしてから10秒数えたら飛び込んで下さいよ」

「はいはい。分かったよ」


「ではお先に」


 私はざぶりと飛び込んだ。


 水泳も久しぶりだ。

 というより、これだけ運動したのも久しぶりだった。


 簡単なストレッチはクセになっていて、夜に続けていたが、芸能組に行って以来ジムにも一度も行ってなかった。

 水に入ると、急にその疲労が水圧になってし掛かってくるような気がした。


(あれ? 体が重い)


 沈みそうになって慌てて手足を動かす。


(あっ!)


 強烈な痛みが足にはしった。


(いたたた!)


 肉離れだ。

 私としたことが、限度を超えた運動量に気付いてなかった。


 夕日出さんのトレーニング計画で頭がいっぱいで、自分のことを忘れていた。

 しかもギリギリついていけるだろうと予測していた運動量からトランポリンが余分だった。


 あれは思ったよりも体じゅうの筋肉を使う運動だった。


 ごぼぼぼと水中に沈む。


 浮き上がれない。ダメだ。どうしよう。


(苦しい……)


 バシャバシャと水を掻いてもがく。

 もうダメだと気を失いそうになったところで、誰かにぐいっと引き上げられた。


 そのままプールの端まで引っ張って泳ぐ。


 強い腕だった。

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