第68話 夕日出さんとのデート②

「おい、ふっざけんなよ! これのどこがデートなんだよ! なんで女とスポーツジムに来なきゃなんねえんだよ!」


「いま女と言いましたか? そんな男尊女卑発言は私に勝ってから言ってもらいましょうか」


「はあ? 俺はプロ入りが決まってる野球選手だぞ? 何か勝てるものがあると思ってんのか?」


「最近トレーニングをさぼりまくってる人が何を偉そうに。そのにぶりきった体で、志岐君のトレーニングに長年付き従ってきた私を負かせるなんて思っているんですか?」


「志岐の? ふーん、面白い。いいだろう。だが、口先だけだったらただじゃおかないぞ。覚悟しとけよ」


「受けてたちましょう。入りますよ」



 中に入ると、礼儀正しい受付嬢が深々と頭を下げて出迎えてくれた。


「ようこそ。夕日出様」


「あの……高級ジムなので夕日出さんの名前を出して予約を取らせてもらいました。名前を言ったら一発OKでしたよ。さすがです!」


「てんめえ、勝手に人の名前をかたりやがって」


「先にお会計をさせて頂きます。ビジターの方はお一人五千円になります」

「くっそー、なんなんだお前は」


 夕日出さんは文句を言いながらも、仕方なく二人分の料金を払ってくれた。


「では着替えたらランニングマシンでお待ちしています。勝負です」



 しばらくして現れた夕日出さんはぴっちりしたトレーニングウェアに着替えていた。さすが、鈍ってると言っても見事な筋肉だ。


「ジャージと言ったのに、そんなウェアを持ってきてたんですね」

「阿呆。寝巻き代わりのジャージで出来るか! カッコ悪い。全部レンタルだよ」


 本当にお泊りするつもりだったんだ。


「お前は何だ! そのダサいジャージは!」

「これでも一番いいジャージなんですけど」


 ダサいなんてショックだ。

 実は秘かに志岐君とお揃いのジャージなのに。


「まあいい。始めるぞ! 今日は久しぶりに体が軽い。調子良さそうだ」


「朝食からちょうど二時間です。朝食べた炭水化物がエネルギーに変わる頃合です」


 私の言葉に夕日出さんは少し驚いた顔をした。


「それで会ってすぐ食べさせたのか?」


「はい。栄養も水分も運動する時間に合わせて先取りするのが基本です。だから先にこのミネラルウォーターを飲んで下さい。喉が渇いてからでは遅いですから」


 私の差し出すペットボトルを夕日出さんは素直に飲み干した。

 



 それから約一時間。




「くそっ! 信じらんねえ。女に負けるなんて……くそおお」

「いいから早く横になって下さい。足をマッサージしますから。それから水分補給」


 マッサージルームで私は夕日出さんの足を揉みながらスポーツ飲料を渡した。


「私は元長距離選手ですから、ランニングでは負けません。それにしてもへばるのが早かったですね。サボってた証拠です」


「うるせえ!」


「あと、やっぱり体の軸が左にブレてます。少し意識して矯正して下さい。軸のブレはどのスポーツ選手にとっても危険ですよ。怪我の原因にもなります」


「……」


 夕日出さんは好き放題に言われても、もう文句は言わなかった。

 自分でも分かっているんだろう。

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