第66話 志岐君の異変

 その日、教室では珍しい出来事が起きていた。


 これはスポーツ9組にいた時も見たことのない光景。

 美しくも愛らしく、そこはかとなく甘美で、それでいて天使のように神々しい。

 


 志岐君が教室で居眠りをしていた。


 連日の試合が続いた日でも、教室で眠る志岐君は見たことがない。


 いや、ピッチャーだったからこそ、自分のコンディションを完璧に統制していて、寝不足になることなどなかったんだろう。


 よほど仕事が忙しいのかと思えば、メンズボックスはまだ新人撮影の一回だけだし、仮面ヒーローの撮影はまだ先だ。


 オーディションを受けるぐらいで(最近は結構な確率で受かっているらしいが)どの仕事もまだ始まってはいなかった。


 夜更かししなければならない何があったのかと思ったが、私はそれを尋ねる立場にない。ただ、消しゴムを何度も落としては、こっそり愛くるしい寝顔を覗き見るぐらいしか出来なかった。


 亮子ちゃんは休み時間に写メを撮っていた。


 羨ましい  欲しいです 


 私の全財産と引き換えに売って下さい。


 最近の志岐君は日ごとに髪が伸びて、過剰な筋肉も徐々に落ち、もはや歩く芸術と化している。これは国宝に指定してもいいぐらいだと私は本気で思っていた。




 充分に目の保養をした私は、活力を得て、下校時間に校門の前で待ち伏せをした。


 あの麗しい国宝を守る為なら、怖くない。

 なんだって出来る。


 幸いなことに目当ての人物は、帰りは一人で下校していた。


「夕日出さん!」


 私は気だるそうに歩いてきた夕日出さんの前に立ちはだかった。


「よお、待ち伏せとは大胆だな」

 にやにやとわらう。


「明日の土曜日のご予定はいかがですか?」


 明日は御子柴さんは田中マネがつきっきりのCM撮影だった。


 大勢のクライアントさんとの会食その他もろもろに、私の出る幕はなかった。

 久しぶりの完全オフだった。


「いいよ。せっかくの熱烈なお誘いだからな。空けてやるよ」


「では朝9時に寮の前でお待ちしています。着替えのジャージをお持ち下さい」


「着替え? いきなりお泊り? すごいな」


「それから少々高級な施設なのですが、わたくしお金を持ってませんが……」


「高級ホテル? まあ、いいよ。それぐらい出してやるよ。あんた、肉食系だね」


「その代わり食事はすべてわたくしが用意させて頂きます」


「なに? フルコースでもご馳走してくれんの? 楽しみだな」


「では、明日。それまで志岐君に手を出すのは無しですよ! 約束ですからね!」



 私は決闘を申し込むように言い放ち、逃げるように立ち去った。

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