第65話 おおかみ 対 サムライ

「まねちゃんっ!!」


 エレベーターから飛び出す御子柴さんに気付いて、夕日出さんはゆったりと私を囲いこんでいた両手と左足を下ろした。


 御子柴さんは迷いもなく、私を背に庇うように夕日出さんの前に立った。


「何のマネですか? 夕日出さん」


 世界一凶暴な狼の目になっていた。


「べつに。ちょっと話してただけだよ」


 ゆっくり視線を合わせた夕日出さんはサムライの目になっている。


「ちょっと話してた態勢には見えませんでしたが。俺のマネージャーに変なちょっかいをかけないでもらえますか?」


「言うねえ。トップアイドルともなれば怖いもの知らずだな。先輩後輩も関係ないか。自分には手出し出来ないと思ってる? でもどうかな? 俺ってそういう常識通用しないんだよね」


 夕日出さんはぐいっと御子柴さんのジャケットの襟を掴んだ。


「や、やめて下さいっ!」


 私は思わず御子柴さんの前に飛び出して、夕日出さんの腕にしがみついた。


「まねちゃんっ! 下がっててっ!」


「いいえっ! 下がりません! タレントを守るのがマネージャーの仕事です! 御子柴さんこそ下がってて下さい!」


「まねちゃんっ!」


「ははっ。お前じゃ頼りにならないってさ」


 夕日出さんは、私を振り払うように手を離した。

 よろけそうになった私を御子柴さんが左手で支える。

 そして、キッと夕日出さんを睨んだ。


 夕日出さんは、しかしにやりと笑った。


「やっぱやめとこう。商談は成立したからな。じゃあな。真音まおとちゃん」


 夕日出さんは片手を挙げて、自分の部屋へと帰っていった。




「商談成立ってなに?」


 車の中で御子柴さんは不機嫌に尋ねた。


「な、なんでもありません」


 同じ会話がもう十回ほど繰り返された。


 御子柴さんは、はあっとため息をついて頭を抱えた。


「あのねえ、普通ああいう場面で女の子が前に出てくる? 俺の面目丸つぶれだよ」


「女の子ではありません。マネージャーですので、御子柴さんは何の恥じることもありません」


「じゃあマネージャーじゃなかったら大人しく後ろで守られてたわけ?」


「そ、それは……」


 マネージャーをやめろと言うことか。


「やめさせないよ。まねちゃんを解雇するつもりはないから」


「い、いいんですか?」


 昨日から迷惑をかけっぱなしだ。


「ただ怒ってはいるからね。女の子を楯にして逃げたみたいで、すげえ落ち込んだ。朝から気分悪い。最悪だ」


「そ、そんなに怒らないで下さい。だって相手はサムライですよ? 刀を持ってるんです。狼だって切られてしまいます。御子柴さんはアイドル界の宝なのに……うう……。もしものことがあったら……うう……うおおん、おーいおい」


 たまらず久しぶりの号泣が出た。


「いや、泣くことないだろ? だいたいサムライって何? 狼って誰だよ」

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