第61話 志岐の女
「師匠、
追いついた柳君と私の顔を交互に見て、亜美ちゃんはますます目を丸くしている。
「なべぴょんの彼氏って……」
いやいや、壮大な誤解です。
何がどうなって、どう転がしたらこうなったのか。
「え? 彼氏って俺のこと? うわ、初スキャンダルやん。どないしよう、師匠」
「はっきり否定して下さい!」
「ちゃうで。ちゃうねん。全然ちゃうねん」
どんなほど説明ヘタやねんっ!
ダメだ。
亜美ちゃんは他の地下アイドルの子達にコソコソ耳打ちしている。
拡散してるぞ。
いや、待て。
下手に御子柴さんだと疑われるよりはいいかもしれない。
柳君の方がファン層がライトそうだ。
このさい可哀想だが、柳君を
ご愁傷様。
「後は任せました、柳君。お先に」
「えっ! ちょっと待ってえな、師匠」
足早に立ち去ろうとした私は、校門前で更に最悪の集団に出くわした。
「うわっ、師匠! 急に立ち止まらんといてえな」
柳君が私にぶつかりそうになって止まった。
目の前には、もはや坊主頭にすることすらやめてしまった、野球部の五分刈り軍団がいた。
柳君が大声を出すせいで、一番後ろの男が気付いて振り返ってしまった。
そして私に気付くと、前を行く男達に何か呼びかけて集団が一斉にこっちに振り向いた。
まずい まずい
怖い 怖い どうしよう
「夕日出さん、あれが志岐の女です」
ぎゃあああ! 誰だああああ!
とんでもないことを夕日出さんに吹き込むヤツはあああ!
真ん中にいた夕日出さんがゆっくり振り返った。
立ち尽くす私と目が合う。
「志岐の女?」
私はブルブルと首を振った。
夕日出さんはその私を見て、何かを思い出したような顔をした。
「そうか。神田川って聞いた名前だと思ったけど……あんたのことか」
夕日出さんは集団を抜けて私に歩み寄った。
やばいよ やばいよ
怖いよ 怖いよ
「師匠、夕日出さんと知り合いなん?」
柳君が
「ふーん。柳とも関係あるんだ。あんた見た目によらず、やるねえ」
やるって何をですか?
もう柳め。
何もしゃべるなああ!
「二度と俺の前に姿を見せるなって言ったよな。今度会ったら容赦しないって」
私はブルブルと首を振ることしか出来なかった。
容赦しないなんて聞いてないです。
「貸し一つだったよな」
何もお借りしてません。
こっちに来ないでえええ!
もう一歩で手の届くところまで夕日出さんが近付いたその時「きゃあああ!!」という歓声が上がった。
同時に私達の真横に黒塗りの普通車がすっと止まった。
そしてブイーンンと真っ黒の窓が下がる。
再び「きゃあああ!」と悲鳴に近い声があちこちから上がった。
窓から御子柴さんの顔が現れる。
「きゃあああ! 御子柴さんよ!」
「いやああ! 初めて見れたああ!」
「本物? 本物なの?」
御子柴さんは狼の目で夕日出さんを睨んでいた。
夕日出さんも
「柳、一緒に乗ってけ」
御子柴さんは不機嫌そうに柳君に声をかけた。
「え? あ、ありがとう御子ちゃん」
柳君は首を傾げながら車に乗ろうとした。
「アホ。一人で乗ってどうする。まねちゃんを連れて来いよ、バカ」
「え、そうなん? ごめん」
柳君は慌てて戻って、私を車に押し込んだ。
ファンの悲鳴と夕日出さんを残して、車は校門の中に過ぎ去った。
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