第60話 アスリート養成ブランチ
「へえ、うまいもんだね、まねちゃん」
御子柴さんは私の作ったアスリート養成ブランチを食べて満足気に肯いた。
今日は朝からドラマのロケでハードな一日になりそうだった。
人里離れた山中でのロケは何時に終わるか分からない。
体力を温存しつつ持久力を保つ食事を何品か作ってきた。
朝はとにかくエネルギーの元になる炭水化物だ。
数種類のおにぎりを握ってきた。
おにぎりのバリエーションだけは誰にも負けない自信がある。
炭水化物があまり好きではないアスリートだった私が、なんとかストレスなく食べるための苦肉の策で身につけた。
幸い御子柴さんの味の好みは私と似ているようだった。
「意外な特技発見だね。志岐は知ってるの?」
「志岐君ですか? いえ、私が食事をふるまう機会なんてなかったですから」
「そっか、そっか。じゃあ志岐には食わせるの禁止ね」
「はあ。別にそんな予定はないですけど」
「今度休みの日に出来たてが食べたい。作りに来てよ」
「いえ、それは……ちょっと」
「え? なにその警戒するような態度は」
「いえ、そういう訳ではないですけど、あまりお部屋の方には行かない方がいいかと思ったので。あらぬ噂をたてられてしまいますので」
「なに? 俺がまねちゃんに何かすると思ってんの? ひどいなあ」
「いえ、そんなことは少しも疑ってませんが」
「少しも疑ってないんだ。それはそれで寂しいなあ」
「どっちなんですか。いえそうではなく、先日もちょっと誤解をされましたので、万一妙な噂になってもいけませんから」
「誤解って誰に?」
「そ、それは……」
一応あの時誰にも言わないと約束した。
夕日出さんの名前は出せない。
「何かあった?」
「い、いえ、ちょっと人とすれ違っただけです。疑うように見られたので……」
「
「いえ、でも……やめておきます」
亜美ちゃんと夕日出さんには女だとバレている。
いや、おなべということになってるのか。
その辺はどんな風に思われてるか分からないが、とにかく二度と目の前に現れるなと言われたのだ。今度会ったら何をするか分からないとも……。
あの人は怖い。
たぶん本気だ。
そして私はまだ食堂のトラウマが抜けてない。
思い出しただけで手が震える。
「ふーん」
御子柴さんはチラリと私の手を見た。
私は慌てて震える手を隠すように服の下にしのばせた。
◆
翌日、私は珍しく寝坊してしまった。
ゆうべ御子柴さんの食事計画表なるものを作成していて夜更かしをしてしまった。
学校の日は、みんなの登校時間よりいつも早めに出るようにしていた。
なぜなら野球部と顔を合わせたくなかったから。
食堂の事件以来、極力野球部と顔を合わせないように避けている。
それなのにこの時間ではどこで会ってもおかしくない。
私は寮から人目を忍ぶように出て、コソコソと電柱に隠れながら進んだ。
「師匠、何やってんのんな。めっちゃ怪しい人みたいになってんで」
最悪なヤツに出会ってしまった。
「や、柳君。わたくし急いでますのでお先に失礼」
「え、ちょっと待ってえな。久しぶりやし一緒に行こうな」
「柳君と一緒だと目立つので遠慮しておきます。どうぞ一人で登校して下さい」
「いやあ、確かに俺、人気もんやからなあ。
今頃ですか?
なんかいろいろ面倒だ。
「わたくし、柳君のような人気者と生きる世界が違いますので、さようなら」
「ええっ!? 師匠、待ってえなあ。俺としゃべる時は関西弁使ってえや。なんか冷たいやん」
急ぎ足で柳君を振り切ることに気を取られすぎて、ますます面倒な子に出会ってしまった。
「あっ!」
華やかな団体の一人が私に指をさして驚きの声を上げた。
「なべぴょん!」
八木沢亜美ちゃんだった。
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