第59話 噂のカップル

 スケジュールを確認して御子柴さんの部屋を出たところで、会ってはいけない二人に出会ってしまった。


 廊下で肩を組んで歩く夕日出ゆうひでさんと亜美ちゃんだった。


 やっぱり噂は本当だったんだ。


「えっ? なべぴょんどうして?」


 亜美ちゃんの方が驚いている。


「へえ……」


 夕日出さんは私の出てきた部屋を見て、すべて納得したようにニヤニヤ笑った。


「え? なべぴょん芸能1組の人と付き合ってるの? 誰? 誰?」

 亜美ちゃんはさすがに誰の部屋かまでは知らないらしい。


「ねえ、教えてよ。夕日出さあん」

 猫なで声で夕日出さんにおねだりしている。


「いや、それ言ったらさすがにやばいっしょ。……てかこの子亜美の知り合い?」


「ほらあ、さっき話してたポップギャルに受かったおなべの……。えっと芸能2組の神田川かんだがわさんだっけ?」


「神田川?」

 夕日出さんは少し考え込むような顔をした。


「なんか聞いたことあるな。誰だっけ?」


 以前校門前で冷たく突き放したことは覚えていないらしい。

 というか、ショートにして面影がないのかもしれない。

 あの頃より肌の色もだいぶ白くなった。


「あの……マネージャーの仕事を兼務しているだけなので誤解しないで下さい」


「ふーん。芸能1組ともなれば、好きな子をマネージャーに選べるわけ? やりたい放題だな。あのすました野郎も」


「ねえ、誰なの? 教えてよお」

「亜美は自分の心配しろよ。一応地下アイドルは恋愛禁止なんだろ?」

「そんなの誰も守ってないわよお」


 嘘です。守ってる人もいるはずです。


「退学になっても知らないぞ」

「もう、いじわるう」


「私は別に誰にも言いませんけど、お二人が付き合ってることは有名みたいですよ」


「へえ、そうなんだ」

 夕日出さんはどうでもいいように受け流す。


「俺はもうプロ行きも決まってるし、何を言われても平気だけどね」

「では亜美ちゃんの為に少し目立たないようなつきあい方をされた方がいいと思います」


 余計なお世話とは思ったが、この才能溢れる人がすさむ姿は見たくなかった。


「なに? 俺に意見してるつもり? うっざい女」


「ではうざいついでに言わせて頂きます。見たところ、オフになってずいぶんトレーニングをさぼっていらっしゃるのが体のラインのたるみからわかりますよ。そうやっていつも肩を組んで歩いているせいか、体の軸も左に傾いてます。手遅れにならないうちに最低限の筋トレを始めないと来年一年棒に振ることになりますよ」


 つい余計なことを言ってしまった。

 美しい立ち姿の人が崩れていくのは、どうしても黙っていられない性分だった。


 はっと気付いた時には、夕日出さんにぐいっと左耳を掴まれていた。


 凄んだ視線が目の前に迫ってくる。

 いつも試合で見せるサムライの目だ。


「腹の立つ女だな。何様のつもりだ。お前なんかになにが分かる! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 ひやっと背筋が冷えた。


 そうだった。

 まだアスリート恐怖症が治ってもないのに何やってんだ、わたし……。


 この人怖い……。


 食堂の十人の野球部達より怖い。


 そう。


 凄んだ志岐君ぐらいに……。


「きゃあ、やめてよ夕日出さん。こんなところで問題起こしたら、それこそ退学になっちゃうわよお」


 亜美ちゃんが今にも殴りかかりそうな夕日出さんに青ざめた。


 夕日出さんは、ちっと舌打ちをして突き飛ばすように私の耳を離した。

 反動で私は横の壁に背を打ち付けた。


「覚えてろよ、くそ生意気な女。貸し一つだ。今度会ったら何するか分からないからな。二度と俺の前に現れるな!」


 去って行く夕日出さんに、恐怖と共に何故かひどく哀しみを感じた。

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