第56話 志岐君モデルデビュー

「え? 志岐って飯田山亮子と付き合うのか?」


 今日は御子柴さんと志岐君の三人でメンズボックスの撮影に来ていた。


 志岐君は新人モデルの初仕事として数カットの撮影が入っていたので、御子柴さんの送迎車に一緒に乗せてもらってきた。


「いや、付き合いませんよ。野球のことをいろいろ聞かれているだけです」


「だよな。俺だけ恋愛禁止を言い渡されたんじゃ不公平だ」

「え? 御子柴さん、恋愛禁止なんですか?」


魔男斗まおとマネがトップアイドルは禁止だって言うからさあ」

「いえ、そこまで強くは……」


「魔男斗マネ?」


「ああ。俺のマネージャーの時は魔男斗君だから志岐もまねちゃんとか呼ばないでくれよ。女の子マネだと知れるとファンが面倒だからさ」


「はあ。魔男斗マネですね」


「そういえばお前、初仕事なのにマネージャー無し?」

「いえ、小西マネがスタジオで待ってるっていう話なんで……」


 あの下っ端いい加減マネか。

 あのマネは当てに出来ない。

 ここは私がフォローせねば。


 スタジオには下っ端マネが待っていて、「ういっす」と挨拶してから、志岐君を編集部の一人一人に紹介して回った。


 さすがにそれだけはやったが、それが終わると今日の仕事は終わったとばかり、携帯をいじりながらスタジオの隅に一人で座ってしまった。


 やっぱりなと、手持ち無沙汰で立っている志岐君を私が御子柴さん達のいる控えテーブルに連れて来た。今日は席にうるさいヤツもいたが仕方ない。


「えー、君、りこぴょんと同クラ? もしかしてりこぴょんのこと好きでしょ? 好きだよね? だってあんなに可愛いもん」


「いえ、決してそのようなことは……」


 いきなりれん君に問い詰められて、志岐くんは困っている。


「廉、志岐は飯田山亮子といい感じらしいよ」


「えーっ! 亮子ってりこぴょんの天敵じゃん。じゃあ君、僕にとっても敵になるね」

 どっちにしても面倒くさいヤツだ。


「別にいい感じじゃないですから」



「はーい、じゃあ志岐君さっそくメイクして着替えてきて」

 すぐに編集部の人に呼ばれた。


 いよいよモデル志岐君、解禁だ。


 しばらくして現れた志岐君は、体の線がしっかり出るセーターに、身に合ったジーンズ姿だった。制服とジャージとお決まりのダサめの服しか見たことのなかった私は、あやうく昇天してしまう所だった。


 髪も流してもらって、顔色も整えてもらっている。

 一気に垢抜けた。


 志岐君が入ってきた途端、一瞬部屋がどよめいた気がする。

 イケメンモデルの中にあって尚、美しい。


 私はもはや神の啓示を受けた従僕しもべのように放心して見つめていた。


「思った通り、いいね君。そのまま腕を組んでカメラを睨んでみて」


 志岐君は言われた通りカメラを睨み付けた。


 ぬおおおお! か、かっこいい……。


 私は機材の陰から、控えテーブルの下から、見守る編集長の脇の隙間から、神の領域にも侵食する志岐君を垣間見た。


 垣間見る必要もないのに物陰に隠れるのがすっかりクセになっていた。


「ちょっと落ち着きなよ、まねちゃん」


 御子柴さんがさすがに苦笑してたしなめた。


 そしてカメラマンが出す注文通りポーズを決めて、撮影は進んだ。


「さすが御子柴君の推薦だけあるね。動きはぎこちないけど、どんなポーズも指示通り一番サマになる形できっちり静止出来る。自分の体の筋肉一つ一つをよく分かっている証拠だよ。長年自分の体の極限と向き合ってきたから出来ることだ」


 編集長が御子柴さんのところで呟いた。


 マウンドで剛速球を投げ続けるためには、自分のからだのあらゆる部位の効率よい働きを追求してきたに違いない。


 その努力がこんなところで生かされた。

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