第54話 パントマイム授業

 今日の体育の授業はパントマイムだった。


 さすが芸能クラスはやることが違う。

 わざわざ専門の女講師を招いてきている。


「はい、皆さん。パントマイムも他のスポーツと同じく基本は腰です。しっかり重心を保って腰がブレないことが大事ですよ。あら、あなたすじがいいわね」


 さっそく志岐君が褒められた。


「じゃあ二人一組になって動きを確認し合いましょう。隣の人と組んでね」


 私はぎょっと隣に気付いた。


 女子グループに居場所のない私は、ついふらふらと志岐君の隣に立ってしまっていた。


 無理  無理  無理だ。


 半径一メートルさえ神々しくて近寄れないのに、組んで向き合うなんて不可能だ。


「まねちゃん、組む?」

「い、いえ……私はその……」

「どうした? 顔色良くないけど気分悪い?」


 志岐君は心配そうに私の顔を覗きこんだ。


 ぎゃあああ。

 それ以上近付かないで!


 のぼせて鼻血が出ます!


「志岐君、組んでもらってもいい? 志岐君上手そうだから」


 おお、助け船。ラスボス亮子ちゃんだ。


「いいけど、まねちゃん大丈夫?」

「あ、うん。全然大丈夫」


「俺が組もうか?」


 浩介君が声をかけてくれた。助かった。


「パントマイムは無いものが有るかのようにリアルに表現すればいいと誤解している人が多いのですが、実際にはリアルの先を見せることが大事です。たとえばここに丸いボールを持っていると仮定しましょう」


 講師は右手を前に出して広げた。


「実際ボールを持つ手はこんな感じでしょう。でも大きさは? 重さは? 堅さは?」


 丸いものを持ってることしか分からない。


「それを全身で表現するのです。例えば大きくて軽いゴムボール。例えば重くて堅いボーリングの玉。例えばよく跳ねるピンポン玉」


 講師が動くと、言った通りのものが手の中に見えるようだった。


「演技と似ていますね。悲しい演技と言っても場面によっていくつもの悲しいがある。それを体のあらゆる部分を使って表現するのです。はい、やってみて!」


 みんな試行錯誤しながら、いろいろ表現してみる。




「はーい。そこまで。じゃあ一番上手な組にやってもらいましょう、そこのあなた達」


 講師が選んだのは志岐君と亮子ちゃんペアだった。

 当然そうなるな。



 亮子ちゃんはポンポーンとボールを上に上げてグラブで捕った。

 野球ボールらしい。


 あっ、落とした。

 追いかけて拾う。


 巧いなあと感心していると、そのボールを今度は志岐君に向かって投げた。


 志岐君はグラブで慣れた風に受け取ると、左手に持ったボールをしばらく見つめてから、大きく振りかぶって亮子ちゃんに向かって剛速球を投げつけた。


 亮子ちゃんが反動で後ろにずれたように動いたおかげで、それが凄いスピードだったのだと分かった。


 二人共息が合っている。

 いいコンビだ。


「うーん、お見事ね二人共。しかも所作が綺麗だわ。特にあなたの立ち姿は完璧ね」


 講師は感心したように志岐君を上から下まで眺め回した。


「若いのにこうまで正中線せいちゅうせんのしっかり通った立ち姿の子は初めて見るわ。あなたスポーツ出来るでしょ」


「はあ、まあ。好きです」


「志岐君はこの間の合気道の先生にも褒められてました。本気で大会目指さないかって誘われてましたから」


 亮子ちゃんが横から付け足した。


 私が休んでる間にそんな素敵な授業があったんだ。


 志岐君の合気道……。

 見たかった……。


 ふと気付くと、みんなの志岐君を見る目が十日前と違っている。

 完全リスペクトの目だ。


 みんな志岐君の才能に気付き始めたのだ。

 しかも五百円ハゲももう見えない。

 


 いよいよ覚醒の時が近付いていた。

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