第53話 志岐君、覚醒

 土日を挟んで、十日ぶりの学校だった。


 教室に入ろうとした私は、室内の神々こうごうしい輝きに思わず後ずさり、ドアに隠れながら、次には窓の1センチの隙間を覗き、更には前のドアに移動してそっと片目を出し、あらゆる角度から幻影ではないかと確認した。


(ま、ま、ま、まさか……。あの窓際の一番後ろに座る高貴なお方は!)


 目をこすり、もう一度凝視する。


 見事な姿勢で黙々とノートをとる、あの殿上人てんじょうびとは紛れもなく……。


(志岐君!!)


 十日会わない間に髪が伸び、すっかり五百円ハゲが陰をひそめている。

 茶色の柔らかそうな猫毛が後ろに流れて、ちょっとだけ寝癖がついているのがまたいい。


 半径1メートルに後光のようなオーラが広がり、近付きがたいほどだ。


 一心にノートに集中している志岐君を、女子達がチラチラと見ている。


 仕方があるまい。


 これほどの美しさを目の当たりにしては、自然に視線がいってしまうだろう。



「なにやってんの? まねちゃん」

 前のドアから怪しげに中を覗く私に浩介君が後ろから声をかけた。


「久しぶりだね。風邪でも引いてた?」

 志岐君以外には御子柴さんのマネージャーをやっていることは言ってなかった。


「あ、うん。ちょっといろいろあって……」

「教室入らないの?」


「は、入ります。入らせて頂きます!」

「誰にかしこまってるの?」


 浩介君は笑いながら先に入っていった。


 私はコソコソとその後に続いた。


「おはよう、志岐」


 ぬおお!


 真っ直ぐ志岐君の元へ行くのですね。

 もう少し免疫をつけてからゆっくり近付きたかった。


 いやそういえば私の席は志岐君の前だった。

 私は仕方なく、浩介君の背に隠れるように窓際の席に向かった。


「おはよう、浩介。ノートもう少しで写し終わるから、ちょっと待って」


「ああ、別に今日返さなくていいよ」

「明日もオーディションで休むから」


 本当に受けられるオーディションは全部受けてるんだ。


「あれ? まねちゃん、久しぶり」


 志岐君は私に気付いて、ひょいと浩介君の後ろを覗いた。


 うう。そんな仕草も美しい。


「お、お、おはよう。志岐君」


 ダメだ。美しすぎて鼻血が出るかも。


「寮の部屋はどう? 快適?」

「あ、うん。引っ越したの知ってたんだ?」


 そういえば引っ越してから会ってない。


「さすが迅速だよね、御子柴さんは」


 ああ、御子柴さんに聞いたんだ。


「御子柴さんって、芸能1組の?」

 浩介君は首を傾げた。


 浩介君にはマネージャーのことを言ってもいいかなと口を開きかけたところで女子がどやどやとやってきた。


「志岐君メンズボックス受かったんだって? おめでとう!」

「御子柴さんと仲いいって本当?」


 亮子ちゃんたちエックスティーンチームだ。

 集団で押し寄せてくると華やかだ。

 なんかいい香りもする。


「ありがとう。仲いいっていうかスポーツジムでよく会ってたから。仮面ヒーローのオーディションでもお世話になったし」


 これだけの綺麗どころに取り囲まれたら緊張しそうなものなのに、志岐君はさすがに動じてない。


「すごーい! メンズボックスも御子柴さんのプッシュがあったって聞いたけど」

「ああ、うん。そうだと思う」


 いや、御子柴さんはそんな必要なかったと言ってたけどね。


「ねえ、御子柴さんって普段はどんな感じなの? 隙がない雰囲気だけど、普段はドジだったりして」


「いや、普段でもかっこいいよ」


 志岐君が答えると、きゃああと歓声が上がった。

 やっぱり御子柴人気はすごい。


「ねえねえ、一緒の写メとかないの?」

「俺携帯持ってないから」

「えーっ! 今時そんな人いるの?」


 あんたたち、この麗しい志岐君によくもそんな失礼なことが言えるな。

 私には出来ないぞ。


「ちょっと、志岐君に失礼よ。志岐君はスポーツ一筋だったから、あえて持ってなかったのよ。崇高すうこうなことだわ」


 おお、分かってる人もいるじゃないか。


 誰かと確認してみると、なんと、ラスボス亮子ちゃんだった。 

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