第50話 ポップギャル①

 ロケ現場から次の仕事に行くところで、私は一人別れてオーディション会場のポップギャル編集部に向かった。


 田中マネの指導を受けて、車の手配と食事の準備も済ませてきた。

 ついでにロケ弁当も二つもらって、今日の食事は確保した。


 完璧だ。



 会議室のような部屋には、ケバケバしい女の子達がすでに大勢集まっていた。


 しかし私が部屋に入ると、みんな一斉にぎょっとした顔をした。

 化粧直しに忙しい女の子達の手が止まる。


 そんなに場違いのブスだったかと隅のパイプ椅子にこっそり腰かけても、みんなは怪訝けげんな表情でこちらをチラチラ見ている。


 そんなにブスが珍しいのかあぁ!


 ……とぶち切れそうになったが、ぐっとこらえた。


 しばらくして、編集部の人達がドヤドヤと入ってきた。

 最後にモデルらしい女の子が二人、姿を見せると部屋がざわめいた。


「きゃっ。りこぴょんだ」

「本物だあ! 感激いいい」


 よく見ると一人は、りこぴょんだった。

 どうやら所属モデルが審査員をするのはよくあることらしい。


なかぴょん! がんばれえ!」


 りこぴょんは私の二つ横に座る子に小さく手を振った。

 そして私に気付くと 「なべぴょん!」 と叫んで指をさした。


 誰だ、なべぴょんって。


「えー、やだあ。なべぴょんって制服着てないと男にしか見えなーい。きもーい」


 なべぴょんって私のことか。


 今日は確かに午前中ずっと男に成りきってたから抜けてないのかもしれないけど、きもいって酷い言われようだ。


「なんだ、この子って女だったの? なんでここに男の子が混じってるのかと思ったら」


 先頭を歩いていた編集長らしい女の人が、ずいと私を覗き込んだ。


 他の女の子達もコソコソなにか話し合っている。

 どうやらブスではなく、男が入ってきたと不審がられてたらしい。


「おなべのなべぴょんですう、編集長」


 いや、一文字も名前入ってないから。


「おなべなの? 珍しいのが来たね」


 いかにも出来る女っぽい三十代の女の人が珍獣でも見るようにジロジロ私を見た。


「あなた女が好きなの? 他のモデル達に変なちょっかいかけるようなら除外だけど」


「い、いえ。決してそのようなことは……」


 どんどん男にされていくぞ。

 大丈夫なのか、私。


 いや、もしかして自分で気付いてないだけで本当に心は男なのか?

 自分でも分からなくなってきた。


「あなたスッピン? ギャルメイクしてくるように書いてたはずだけど」


「す、すいません。メイク道具を持ってなくて……」


「おなべなら当然か」


 それは違うんですけど……。


「石田ちゃん、ちょっとこの子メイクしてやって」


 編集長は後ろの女の人に頼んで、私は別室に連れて行かれた。



「あなた何かスポーツやってた?」


 メイクの石田さんは肌に触れただけで、すぐに気付いたようだ。


「はい。長年陸上を……」


「まだ日焼けが少し残ってるわね。肌も手入れされずにほったらかし状態ね。せっかくキメが細かい、いい肌してるのに。もったいないわよ」


「す、すみません」


「でも輪郭りんかくが綺麗だわ。ギャルメイクは輪郭さえ綺麗だったら、どこまでも変身出来るのよ。目なんか二倍ぐらいに出来るわよ」


 そう言って石田さんは肌を白く塗りたくり、アイラインをエジプトの壁画なみに描いて、歯ブラシぐらいの厚みのつけ睫毛をつけ、最後にぷっくりと口にグロスを重ねた。


「おお! 大変身!」


 我ながら感心する石田さんに促され、私は鏡の中の異邦人いほうじんを見つめた。




 だ、誰ですか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る