第二章 マネージャー編

第47話 引越し

 何故か朝から部屋を引っ越すように言われた。


 なんと社長階の下の芸能フロア、女子専用階だ。

 トイレ風呂完備、簡易キッチン付き、ベッド、テレビ、冷蔵庫もある。


 部屋代高いだろぉ! どうすんだぁ!


 ボストンバッグ一つに納まる荷物を持って玄関に行くと、女性マネージャーが待っていて、エレベーターの暗証暗号を教え部屋まで案内してくれた。


「ここは男子禁制フロアですから芸能クラスの友人でも絶対入れないようにして下さい。エレベーター内の監視カメラで24時間ここの出入りだけは厳重に監視してますから。それから食堂はないので自分で用意して下さいね」


「えっ? 自分でってみんな自炊ですか?」


 女性マネはさげずむように私を見た。


「この階のタレントはみんな専属のマネがいるし、現場で食事が出ることも多いですから、自分で作るほどひまな人はいないですね」


 お前なんかが来るところではないとあんに言っている。


 じゃあ、なんで……?


「あの……私、寮費払えるかどうか……」


 まさか社長のヤツめ借金まみれにして夜の町に売り飛ばす気じゃないだろうな。


「寮費は当面、御子柴君が立て替えてくれるそうです。仕事で得たギャラは御子柴君への返済にてて下さいね」


「御子柴さんが?」


「それからここには約十名の芸能1組の女性タレントがいますが、みんな忙しい人達ですから、興味本位で訪ねていったりしないで下さい。苦情が出たら退出して頂きますからね」


「は、はい……」


 男性アスリート恐怖症ぎみの今、男子と顔を合わさずすむこの環境は有り難いけれど、ここはここで大変そうだ。


「では、私は仕事がありますので」


 女性マネはそそくさと去っていった。


 明らかに分かるやっつけ仕事だった。


 一人になって部屋をゆっくり見回す。


 部屋の広さは御子柴さんの部屋の半分ぐらいだけれど、必要なものは全部揃っていて、スタンド式の掃除機があるのが嬉しい。


 思わず手に取り、掃除を始めた。


 洗濯機も乾燥機もある。

 シーツを洗濯してアイロンまでかけた。

 すごいな芸能1組。


 ここに比べたらスポーツ9組の部屋は倉庫だ。


 志岐君はこの部屋からあの倉庫部屋に移ったのだと思うと切なくなった。

 ショックだっただろうな。


 ……てか、私よりも志岐君がまず芸能フロアに移るべきだろう。

 

 なんで私?


 一通りの掃除を終えて一息つくとお腹がすいてきた。


 食事は自分でってお金もないのにどうすればいいんだろう。

 次の仕送りは十日後だけど、そもそも食事付きだと思ってるから、小遣い程度だ。


 これは死活問題だ。


 途方に暮れていると、インターホンが鳴った。

 誰だろうかとスピーカーを押すと、御子柴さんだった。


「まねちゃん? 今エレベーターなんだけど、この階は男は入れないから、こっちまで来てくれる?」


 御子柴さんさえも立ち入り禁止なんだ。

 セキュリティ凄いな。



「一歩でも入ったら警備員が駆けつける。即刻退寮だからね」


 エレベーターに乗り込むと、御子柴さんは言いながら地下へのボタンを押した。


「食事まだでしょ? 一緒に食べよう」


 御子柴さんは黒のジャージに野球帽を被っていたが、芸能人オーラが隠しようもなくれ出ている。


 地下の駐車場には黒塗りの車が何台か停まっていて、御子柴さんが出ていくとすでに頼んであったのか、運転手が一人やってきた。


「今日はどちらに行かれますか?」

「そうだな……牛虎うしとら屋にお願いします」

「はい、畏まりました」


 運転手は後部座席を開いて御子柴さんを乗せると、少し怪訝な表情を浮かべて私に反対のドアを開いてくれた。

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