第46話 御子柴と志岐の密約②

「約束しろ。お前はまねちゃんを好きにならないと」


 意味が分からず唖然あぜんとする志岐に御子柴は更に問いかけた。


「それとも……もう好きになったか?」


「い、いえ……。まさか……」


「じゃあ、そのまま好きになるな」


「あの……御子柴さんは、もしかしてまねちゃんが好きなんですか?」


 志岐は恐る恐る尋ねた。


「うん。まあ、気に入ってはいるな」

「気に入ってる?」


「だからって俺があの子とくっつこうなんて全然思っちゃいないけどな」

「それはどういう……?」


「お前もいずれアイドルの頂点に立てば分かるようになる。アイドルというのは異性にモテてこそ価値を認められる。アイドルを名乗る限り、俺は女性にモテるパフォーマンスを求められる。それはつまり、女の子にモテたいという欲求あってこそ努力出来るものだ」


「はあ……」


「最初はそれこそ街を歩けばキャーキャー言われ、手の届かないような女優が振り向いてくれて、有頂天になった時もあった。でもそのうち、あまりに簡単に手に入る女達に興味を失っていくんだ。ちょっと声をかければ誰でもホイホイついてくる。彼氏がいても、夢中の相手がいても、俺がちょっと好意を示せば、手の平を返したようにこっちになびくんだ。その軽薄さにうんざりする」


「うんざりですか……」


 志岐にはそんな経験はないので共感は出来ない。


「だから俺はなるべく手に入らない女を好きになろうとした。でも残念ながら今のところ百戦連勝だ。手に入らなかった女なんていない。どうだ? 嫌なヤツだろう?」


「ファンが聞いたらショックを受けるでしょうね」


 志岐は苦笑した。


「俺には絶対振り向かない女っていうのが必要なんだよ」

「それがまねちゃんだと?」


「あの子はお前しか眼中にないからな。今のところまったく振り向く気配なしだ。そこがいい。それに磨けば輝くような才能にも惚れている」


「だったら振り向いたら付き合えばいいじゃないですか」


「たぶん……振り向いた途端、興味を失う」


「屈折してますね」

 志岐は再び苦笑した。


「かと言って、まねちゃんがお前とくっついて失恋するのは嫌だ」

「なんですか、それは」


「だからお前はまねちゃんを好きになるな」

「滅茶苦茶ですね」


「なんだよ、好きになりそうなのか?」

「いえ……俺よりも、まねちゃんはもう俺のこと、あんまり好きじゃないと思いますよ。……というか嫌われてるかも……」


「それはないだろ?」


「いえ。机を叩き割った時怖がらせたみたいで、避けられてるみたいです」

「まねちゃんが、お前を?」


「はい。前みたいに話しかけてこないし、俺も……下手に近付いてまた泣かせると、どうしていいか分からないんで……近寄らないようにしてます」


「なんだよ。それはそれで問題だな。俺に靡かない程度には夢中にさせておいてくれよ」

「無茶言わないで下さい」


「まあ、とにかく、商談成立な。俺は明日にでも社長に言って、まねちゃんの部屋を変えるようにしてやるよ」


「お願いします」


 二人の密約は夜闇と共に交わされた。

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