第45話 御子柴と志岐の密約①

「珍しいな。お前一人で俺を訪ねてくるなんて、志岐」


「忙しいのにすみません、御子柴みこしばさん」


 みんな寝静まった深夜の部屋で、志岐は床に正座をして、ベッドに座る御子柴を見上げていた。


 その顔はいつにも増して深刻だった。


「なに? 頼みって?」

「御子柴さんから社長に頼んでもらいたい事があります」

「社長に?」


 少し前までこの芸能フロアに部屋があった志岐には、御子柴の部屋の前で待ち伏せるのは簡単だった。エレベーターの暗証番号も以前と変わってない。


「まねちゃんのことです」

「まねちゃんの?」


 御子柴は意外そうに志岐を見下ろした。


 志岐は土下座するように頭を下げた。


「お願いします! まねちゃんを寮の芸能フロアに移動させて下さい!」

「芸能フロアへ?」


 御子柴は面白そうに頬杖をついた。


「へえ……、それをお前が頼むんだ。なんで?」


「今のまねちゃんをスポーツ9組の寮に入れておくのは危険です」


「危険? 何かあったのか?」


 志岐は真剣な顔で続けた。


「髪をショートにしてから、まねちゃんは女の子に見えます!」


「ぷっ! 何だよそれ。今まで女の子に見えてなかったのか?」


「いえ、男とは思ってませんが……、その……あまり目立たないというか……女の子を感じさせないというか……」

「へえ。じゃあ今は女を感じてるんだ」


 御子柴はにやにやと志岐を見つめた。


「最初、食堂に入ってきた時まねちゃんと分からず、場違いな女の子がいると思いました」

「ショート似合うよな。あの子」


「そう感じたのは俺だけじゃないってすぐに分かりました。男達の視線が一斉にまねちゃんに集まったのを感じました」


「まあ、マウンドを仕切ってたお前は、全体の空気に敏感だからな。気付くか」


「まねちゃんはそのへん鈍感というか、見られていることに気付いてないみたいで……俺、すぐにヤバイと思ったんです」


「ヤバイ?」


「スポーツ9組は完全な男世界です。芸能クラスのように華やかな女の子が周りにたくさんいて、接することの出来る環境とは全然違うんです。あらゆる欲をってスポーツ一筋であることを求められます。みんなその覚悟を持って入学してます。でも……。野球部は甲子園への望みを失って、その覚悟が薄れているんです。そんな中にまねちゃんみたいな子がウロウロしたら……」


「したら?」


「俺には飢えた狼の群れの真ん中で、何も気付かず花を摘む赤ずきんちゃんにしか見えません」


 生真面目な顔で呟く志岐に、御子柴は思わず吹き出した。


「ははは、赤ずきんちゃんか……確かに」


「笑いごとじゃありません! げんにこの間食堂で取り囲まれてました。俺が見つけなければどうなっていたか……」


「お前がテーブルぶっ壊したのってそれが原因か」

「はい……」


「ふーん……」


 御子柴は値踏みするように志岐を見つめた。


 そして「いいよ」とあっさり引き受けた。


「ちょうど、正式にまねちゃんを俺の専属マネージャーに頼もうと思ってたんだ。試しにやってもらって、思ってた以上に快適だった。気に入ってる」


「あ、ありがとうございます! では、なるべく早く移動出来るようにお願いします!」


 志岐は安心したように、笑顔でもう一度頭を下げた。


「ただし……俺もお前に頼みがある」


「え? 俺にですか?」


「約束しろ。お前はまねちゃんを好きにならないと」


「え?」


 志岐は驚いて顔を上げた。

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