第43話 動機付けレッスン 

 レッスンはいつも発声、ストレッチなどの基本を三十分ほどやってから、その日の課題になる。


 今日は動機付けレッスンだった。


 決められたシチュエーションで登場人物と、最初の配置と、最後の状態だけが決められる。その途中の動きと会話を即興で演じて、一貫性のある物語に仕上げる。


 それぞれが自分の行動を動機付けて、合理性のある芝居をしなければならない。

 結構高度なレッスンだった。


 あるのはソファに見立てたパイプ椅子と、ダンボールの机だけ。


 志岐君が椅子に座り、私はダンボールの横に正座して、天才子役の琴美ちゃんが志岐君のそばに立ち、そのそばの床に男の子が寝そべっている。


「はい! スタート!」


 おかま講師の合図で演技が始まった。


 第一声を上げるのは、一番のベテランだ。

 この中では、琴美ちゃんになる。


「お父さん! 私絶対こんな人を新しいお母さんだなんて認めないから!」


 おお。志岐君はお父さん。

 私は新しいお母さんという設定か。

 男の子は琴美ちゃんより年上だけど弟役かな?


 志岐君は無表情のまま尋ねる。


「どうして?」


 簡潔だ。


「だって私知ってるのよ! この人本当は男なんでしょ?」



 ええっ?! 


 私、ここでも男女おとこおんなの設定ですか?

 最近そういうの多いな。


「な、なな、なんで……」


 私は本気で動揺して言葉を探す。


「知ってたのか……」


 ええっ?!


 志岐君認めるの?

 しかも相変わらず冷静だな。

 この滅茶苦茶な設定にも動じないんだ。


「分かるわよ! だって少しも女らしいところないじゃない! 胸だって全然ないし!」


 ん?

 今、結構失礼なこと言われたか?


「あ、あの、でも……私はあなたのお父さんのこと、好きなんです」


 かろうじて対抗する。


「私の方がずっとずーっと大好きなんだから! わああああ」


 琴美ちゃんは志岐君に泣きつく。


 志岐君は琴美ちゃんを受け止め、頭を撫ぜて呟いた。



「……ごめん」



「はーい! カーット!」


 おかま講師が手を叩いて終了。


「琴美ちゃん、完璧ね。たくちゃんなにかアクションしなきゃダメよ。まねちゃんキョドり過ぎ。見てるこっちが落ち着かないわ。志岐君は……」


 おかま講師は少し考え込んだ。


「不思議ねえ、あなたって。演技らしい演技もしてないし、台詞も最低限しか言わないんだけど、何でか存在感あるのよねえ。その妙な落ち着きのせいかしら。存在感だけで言えば、大御所俳優にもひけをとらないわよ。そのお蔭でどの役をやってもリアリティがあるのよ。案外面白い役者になるかもしれないわね」


 おお! さすが志岐君!


 長年マウンドを仕切ってきた経験が、場の空気を自分のものにする才能をつちかったんだ。


 琴美ちゃんも最初はあれほど辛辣しんらつだったくせに、最近は志岐君に懐いている。


 天才は天才を認めるのだろう。

 私への態度は変わらないが……。


「志岐君。今度琴美の出るドラマにお兄ちゃん役で出てよ。いいでしょ? 琴美、監督さんに頼んでみるから」


 なんと小学生のバーターですか。

 すごいな。


 分かっていたこととはいえ、志岐君はどんどんスター街道を進み始めている。


 メンズボックスも決まって、琴美ちゃんのドラマも決まれば、いよいよ芸能1組昇級かもしれない。

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