第41話 罠④
「それ俺が運びます。すみません」
志岐君は食堂のおばさんと一緒に壊した机を隅に運び、落ちた定食の残骸を片付けていた。
「あんたいい子そうなのに、なんでこんなことしたの?」
「先生にはうまく言ってあげるから、もうこんなことしちゃダメよ」
「はい。すみません」
床に座り込んで放心している私をよそに、どんどん片付けられていく。
「どう? 立てるようになった?」
志岐君は全部片付くと、まるで小さな子供に対するように、私の前に片膝をついて顔を覗きこんだ。
そうだ、いつまで放心しているんだろう。
早く立たなきゃ。
これ以上志岐君に迷惑をかけちゃいけない。
手をついて立ち上がろうとするのに、まだ足がガクガクして立ち上がる勢いがつかない。こんなに立つのって難しかったっけ?
なんとか立ち上がろうと悪戦苦闘している私を見て、志岐君は遠慮がちに提案した。
「あの……もし嫌じゃなかったら、抱き上げて部屋まで連れて行くけど……」
私は驚いて顔を上げた。
そしてすぐにブルブルと首を振った。
これ以上の迷惑はもう、ファン失格どころか打ち首ものだ。
「ごめん。変なこと言って……」
志岐君は私の拒絶に顔色を変えることはなかったが、よく見ると耳だけ真っ赤になっていた。
そうじゃない。
嫌なんじゃない。
ただ、いろんなことが申し訳なくて……。
……そして少しだけ志岐君が怖くなった。
助けてもらっておいて酷い話だが、机を叩き割って大男十人を平然と威圧する志岐君が、違う人に見えた。
「おかやんを呼んでこようか?」
志岐君は思案しておかやんの名前を出した。
何故かその名を聞いてほっとした。
別に深い意味はない。
深い意味などないのだけど、何故だかおかやんの名前を聞いて、ポロポロと涙が
体の機能が誤作動をおこしている。
私は泣く時はいつも豪快に泣く。
こんな水滴だけがポロポロ落ちる泣き方なんて知らない。
それなのに止まらなくて、自分でも驚いたように目を見開いたまま、涙だけが零れた。
そして志岐君のポーカーフェイスが、初めて見た事もないほどに崩れた。
「ど、ど、どうして……。ご、ごめんっ! 俺が何か……おかやんが嫌だった?」
耳だけじゃなく顔まで真っ赤になってあたふたしている。
志岐君の前ではもう何回も泣いたことがある。
今までの豪快な泣き方のほうが動揺しそうなものなのに、今の方が明らかに動揺している。
そしておかま講師の言葉を思い出した。
今の私の涙は志岐君の心を揺さぶったのだ。
「まねちゃん! どうしたのっ?!」
そこにタイミングよくおかやんが駆け込んできた。
「廊下で先輩達が話してるの聞いたんだ。大丈夫? まねちゃん!」
「おか……やん……」
やっと言葉が出た。
「えっ! 立てないの? どこか怪我した?」
おかやんが私の腕を支えて立たせてくれた。
さっきまであれほど身動きがとれなかったのに、急に体が動くようになった。
「だい……じょ……ぶ。びっくりした……だけ……」
慌てて動くようになった手で涙を拭う。
「志岐、何やってんのさ! そっちの腕を支えてあげなよ」
おかやんは突っ立ったまんまの志岐君に呆れたように言った。
「いや……俺は怖がらせるから……」
志岐君は困ったように両手を挙げて
「何言ってんの? お前顔赤いよ?」
「あの、おかやん。私もう大丈夫みたいだから……」
私は慌てて一人で立ってみせた。
うん、もう大丈夫だ。
さっきまでがどうかしていた。
嘘のように動けるようになった。
「おかやん。まねちゃんを部屋まで送ってきてくれ。俺はまだ片付けが残ってるから」
志岐君は、もう片付けるものもないのに、そう言って私達を送り出した。
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