第38話 罠① 

 最近の私は少し調子に乗っていたようだ。


 同じ芸能2組で、一緒に仮面ヒーローを出来るからと、まるで親友であるかのように志岐君の周りをうろついてしまった。


 これではけむたがられても仕方がない。


 今後は少し距離を置いて、こっそりバレないように柱の陰から垣間見る事にしよう。


 それにしても今日のメンズボックスの面接はどうなっただろう。

 もう帰ってるはずだ。


 食堂に行けば、ばったり偶然会えるかもしれない。

 いやいや、今距離を置こうと決心したばかりなのにダメだろう。


 寮の部屋で一人逡巡しゅんじゅんしていた私は、珍しく部屋をコンとノックする音でドアを開いた。


 そこには思いがけず、野球部一年の元クラスメートが立っていた。


 怪我の後の志岐君にも比較的普通に接してくれていた人だ。

 名前は忘れた。


「あの……、食堂で志岐が呼んでたよ」

「えっ? 志岐君が?」


 どういう心境の変化だろう。

 わざわざ人をやってまで呼び出すなんて。


 もしかしてメンズボックスに受かった事を知らせたくて?


 そうかもしれない!


「わ、分かった。知らせてくれてありがとう!」


 私は部屋を飛び出すと、もう駆け出していた。


 長距離ランナーのトップスピードで食堂に駆け込むと、志岐君はなぜかいなかった。


 あれ?

 食堂で待っててって意味?


 ちょうど夕食もまだだし食べながら待つか。


 この時間帯は女子アスリートはお風呂時間で誰もいない。

 男子ばかりだ。


 いつもは避ける時間帯だった。


 一人定食を食べる私は妙に目立っている気がする。


 野球部男子がチラチラこっちを見て、なにやら話している。

 どうせ悪口だろう。


「おい、お前、神田川だっけ? 芸能クラスなんだってな」


 突然野球部男に話しかけられた。


 用もないのに話しかけられたのは、入学して初めてだ。


「そうですが、何か?」


 私は警戒しながら定食に箸を進めた。


「食レポ目指してんの? 綺麗に食べるよな」


 別の男も話に入ってきた。


「そんなこと、初めて言われました」


 綺麗に食べているとしたら、気付かないうちに志岐君の美しい仕草を真似してたんだ。


「なあなあ、ヌードはやらねえの?」


 下品な野獣顔の男まで寄ってきた。


「私のヌードなんて誰得ですか? ありえません」


「えー、俺買ってもいいよ。千円ぐらいなら買ってやるよ」


 安いな、おい。


「その一冊しか売れませんから」


「俺も買ってもいいぜ。なまヌードなら、よし、二千円出してやるよ」


 安いんだよ。

 だいたい生ヌードってなんだ。


 え?


 生ヌードって?


 私はようやく周りの不穏な空気に気付いた。

 いつの間にか大勢の男に囲まれている。


 なんで?

 今までこんな事なかったのに。


「あの……、部屋に戻りますから……。ど、どいて下さい」


「まだ食べ終わってないじゃん。残しちゃダメだよ、真音まおとちゃん」


 なんで名前まで知られてるのか……。


「いえ、もう食べられないので……」


 十人ぐらいの大男に取り囲まれて、呑気のんきに食べられる方がどうかしている。

 慌てて立ち上がろうとした私の肩を後ろから押さえ込まれて、もう一度座らされた。


 恐ろしい腕力だ。


 ゆうべのおかやんの言葉が思い出される。

 圧倒的な力の差。


 体の芯が震える。こんなこと初めてだ。

 こんな恐怖を知らない。


 だって今までまともに女扱いされた事もない。

 女としての危険なんて感じたこともなかった。

 だってその辺の軟弱な男なら打ち負かせる自信がある。


 でもここは……。



 鍛えられたアスリート男達のド真ん中。



「あの……もうすぐここに志岐君が……」

「志岐なんてくるわけないじゃん」


「え?」


 顔を上げた私の目には、部屋に呼びにきた元クラスメートが先輩に肩を組まれて青ざめている姿が映った。


 だました?


 じゃあここには……。

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