第36話 志岐君、怒る②

「志岐君?」


 私は珍しく声を荒げる志岐君に驚いた。


「まねちゃんは関係ないから、しゃしゃり出ないでくれ!」


「で、でも……私が……」


 言いよどむ私の言葉を遮るように、今度はおかやんに怒鳴った。


「おかやん! まねちゃんを連れて部屋に戻っててくれ!」


「でも……志岐君が……」


 おかやんの代わりに私が反論しようとした。

 この場面で志岐君一人を置いて行くなんて出来ない。

 この大男五人に一人でなんて。


「何度も言わせんなっっ!」


 その迫力ある大声に、私ばかりか野球部の男達まで少しびくっとした。


 こんな志岐君を見たのは初めてだ。

 たぶん野球部の人達も……。


 そんなに怒ってる?

 出しゃばる私に?


 最後にもう一度「おかやんっ!」と怒鳴られて、おかやんは慌てて私の腕を掴んだ。


「行こう、まねちゃん」

「でも志岐君が……」


「大丈夫だよ。志岐は慣れてるし、本気でやり返せば、あの中の誰にも負けない」


 おかやんがそっと耳打ちして私を食堂の外に連れ出した。


 心配して何度も振り返る私を引き離すように、おかやんは部屋の前まで送ってくれた。


「あの……ちゃんと志岐君が無事か見てきてね」

「うん、分かってる。戻ってみるから。まねちゃんは今日は部屋から出ないようにしてよ」


 行こうとするおかやんに思わず尋ねた。


「わ、私……最近出しゃばり過ぎたのかな。あんなに怒った志岐君初めて見た」


「俺もだよ。マウンドでも冷静で、味方がとんでもないミスをしても怒った事なんてなかったからね。びっくりしたよ」


「そ、そんなに私が出しゃばるのが嫌だったのかな……」


 落ち込む私におかやんは困ったように言葉を探す。


「嫌というか……髪型が変わって……その……いろいろ思ったんじゃない?」


「や、やっぱりこの髪型が志岐君の気に触ったの? よっぽど嫌いな髪型なのかな?」


「いや、そうじゃないと思うよ。むしろ……逆というか……」


 おかやんは口ごもる。


「え?」


「分かんないけど……とにかく部屋はしっかり鍵をかけて、あんまり寮の中をウロウロしないようにした方がいいよ。まねちゃん、目を付けられてるかもしれないから……」


「私のことなら全然大丈夫よ。これでも元アスリートだし。やられたらやり返してやるわよ!」


「そりゃあ、まねちゃんは女の中じゃあ強い方かもしれないけど、ここは140キロの剛速球ですら打ち返す男達の暮らす寮だよ。腕力で太刀打ち出来る訳ないでしょ」


「そんなの今までもそうだったじゃない。なんで今更そんなこと言うの?」


「今更……。そう、今更気付いたんだよ、みんな」


「気付いた? 何に?」


 おかやんは、しかしその問いには答えないまま、私を部屋に押し込んで食堂へ戻っていってしまった。

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