第35話 志岐君、怒る①

「まねちゃん?」


 志岐くんは寮の食堂で私を見て目を見開いた。

 久しぶりのおかやんも目を丸くしている。


 気のせいか今日は妙に皆の視線を感じると思ってから、思い出した。


 髪を切ったんだった。

 首筋がすーすーすると思った。


 宿題をもらいに学校に寄ったため制服に着替えていた。

 セーラー服だと余計に首筋が涼しい。


「見違えたよ、マネちゃん。その髪型似合うね」


 おかやんが素直に褒めてくれる横で、志岐君は珍しく深刻な顔をしている。


 え?


 この髪型で何か気分を害した?

 吐き気がするほど似合わないとか?


 それとも昔大嫌いだった誰かと同じ髪型だったとか?


「あの……今日御子柴さんの仕事についていって、ついでに美容師さんに切ってもらったんだけど……」


「御子柴さんと? すごいねえ。本当にマネージャーやってるんだ。こっちじゃ雲の上の人だよ。普通科の女子なんて一目会いたいって思ってるけど、入学からまだ一度も見た事ないって子がほとんどだもん」


 そういえば私もずっと知らずに豆柴とか呼んでたもんな……。


「あのね、それでメンズボックスのマネージャーやる時は、男の子のフリしてたまに撮影にも参加させてもらえるかもしれないの」


「メンズボックスの?」


 志岐君は不機嫌な声で聞き返した。


「すごいじゃん! まねちゃん。でもなんでメンズ?」


 おかやんは手を叩いて喜んでから、ようやくおかしい事に気付いた。


「あの……志岐君もオーディション頑張ってね。私、志岐君のマネージャーもやるから」


 その言葉を聞いて、おかやんは私のストーカー行為がまだ続いているのだと納得した。


「マネージャーなんかいなくても大丈夫だよ」


 そっけなく言う志岐君を見て、私は重大なことに気付いた。


 このところ、同じ芸能2組の仲間として、ファンには出過ぎた行為が多くはなかったか?


 開き直ってあまりに堂々と、ストーカー行為を正当化していた。


 男子グループの事も、メンズボックスの事も、志岐君が嫌がってるのも気付かず……。


 志岐君の生活に入り込み過ぎた。

 迷惑に思ってたんだ……。



「よお、志岐。お前最近調子に乗ってるらしいな」

「食堂でも女連れかよ」


 ふと気付くと、野球部の先輩が五人、いつの間にか私達を取り囲んでいた。


「野球はやめて、すっかり芸能人づらかよ。いい気なもんだな」

「こっちは秋大会も一回戦負けだよ。なんせピッチャーがいないからな」

「その原因作ったお前が女とイチャイチャしてんじゃねんぞ? よお!」


 なんなんだ、この人達は。


 今日に限って何故か女、女と私を言いがかりの餌にしている。

 いつもは一緒にいても空気のように相手にしてなかったのになんで?


「別にイチャイチャなんてしてません! 変な言いがかりつけないで下さい!」


 私は立ち上がってずいと前に進み出た。


 ここは言いがかりの原因となった私が収拾しなければ。


「何だよ! お前も芸能クラスに変わったらしいな! ガングロ女が色気づきやがって」

「お前ら出来てんだろう!」

「見せつけてんじゃねえぞ!」


「はあ?」


 何言ってんだ、この阿呆どもが!


「そんなわけないでしょう! 何が悲しくて志岐君が私と出来上がらなくてはならないんですか! 志岐君に失礼ですよ! 謝って下さい!」


「なんだとっ!」


 私のせいでこれからスターの階段を上る志岐君を傷物きずものにしてはならない。


 私は負けるもんかと、もう一歩前に進み出た。

 近付いてみると思った以上にでかい。


 170センチの私の目線は野球部男達の首筋に辛うじて届くぐらいだ。

 さすがに五人に囲まれると恐怖を感じた。


 こんな人達に毎日嫌がらせをされてる志岐君はどれほど怖い思いをしてるのだろう。芸能2組にいる時はそんな暗さを微塵も感じさせないけど。


 志岐君の辛さに比べたら、ここはビンタの一つや二つ甘んじて受けようではないか。覚悟を決めて五人を見上げた私に、予想外の所から叱責しっせきが飛んだ。



「まねちゃんっっ!!」



 いつも穏やかな志岐君が、見た事もないぐらい険しい顔で私を睨んでいた。

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