第34話 ジェンダーレスモデル 魔男斗

 私は180センチのモデルが着るセーターとジーンズを袖と裾を何重にも折って、御子柴さんに肩を組まれてスタジオに戻った。


「編集長、こいつ俺の事務所の後輩です。田中マネがいない間マネージャーやってもらうんでよろしくお願いします」


 表紙写真を選んでいた編集部の人達は一斉に私を見た。


「あれ? さっきの女の子マネは?」


 私だと分からないらしい。


「こいつと交代で帰りました」


 御子柴さんはしゃあしゃあと大嘘をついた。


「わあ、この子可愛いですよ、編集長」

「美少年だね。何歳?」


「こ、高一の十六歳、魔男斗まおとっす!」


 御子柴さんとの打ち合わせ通りに名乗った。


 ひと昔前のヤンキーの通り名みたいな当て字は御子柴さんの発案だ。

 この絶対的カリスマも、名付けのセンスには恵まれなかったようだ。


「声も高いのね。中性的で癒されるわ」


 女性陣には受けがいい。


 ガングロチョコポッキーも男の中に入れば美少年に見えるらしい。


「でも背が低いね。何センチ?」

「170です。伸び盛りっす!」


「ははは。面白い子だね。まあ専属は無理だけど、企画ものの撮影なら手伝ってもらう事もあるかもね。よろしくね」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 やった。志岐君とモデル仕事が出来るかもしれない。

 これは何が何でも志岐君にもオーディションに受かってもらわねば。



「なに? こんな後輩いたっけ?」


 編集長と話す御子柴さんに気付いて、大河原さんが近付いてきた。


 やっぱり私だとは気付いてないようだ。

 てか、不細工な女には本当に興味を持たない世界なんだな、ここは。


「大河原さん、芸能1組以外行かないから知らないんですよ」


 御子柴さんは本気で騙すつもりらしい。


「なんだ、芸能1組じゃないのか」


 大河原さんは、ふんっと鼻を鳴らし興味をなくしたらしい。

 芸能1組以外は存在価値ゼロらしい。

 私を置き去りに、編集長にゴマをすり始めた。


「編集長、来月の表紙は俺を使って下さいよ。映画も決まったし数字取ってみせますよ」

「そうだねえ。じゃあ、映画がヒットしたらお願いしようか。頑張って」


「それじゃあ一年ぐらい先じゃないですか」


 大河原さんは自分を売り込む事に必死だ。

 なんかガツガツした人だ。


 でも、そういう所は案外嫌いじゃない。

 仕事に一生懸命ってことだものね。


「これで大河原さんに狙われる事はなくなったね。今度からメンズボックスは魔男斗で頼むよ」


 御子柴さんは満足気だ。


「まだそんな心配してたんですか? そんなこと心配してるのは御子柴さんぐらいですよ」


「そう? まねちゃんってずっと志岐のこと見てきて、知らず知らず同じような仕草になってるって気付いてる? 女の子らしさはあまりないかもしれないけど、俺から見れば、志岐と同程度に動きが綺麗なんだよね。志岐の才能ばかり言ってるけど、自分にも同じ才能があるって分からない?」


 御子柴さんはとんでもないことを言った。


「な、なにバカなこと言ってるんですか! 私があの美しい志岐君と同じ仕草だなんて、畏れ多い……」


「人は美しいと思うものの模倣もほうをしたくなる生き物なんだよ。まねちゃんが志岐の才能に賭けるなら、俺はまねちゃんの才能に賭けてもいいよ」


「御子柴さん。正気を疑われますよ」


 私が忠告しても、御子柴さんはありえない妄想に囚われてしまっているようだった。

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