第33話 ショートカット

「丸子さん、ちょっと切り揃えてもらいたいんですけど。いいですか?」


「御子柴君の髪を触れるなんて光栄ですよ。喜んで」


 うん。間違いなくいい人だ。


 丸子さんは手際よく準備するとハサミをしゃきしゃき言わせて切り揃えていく。


「ドラマの撮影中だっけ?」

「はい」

「じゃあ不自然のないように揃えるね」


 なるほど。

 ドラマの時系列がおかしくならない配慮が必要なんだ。

 芸能人って髪も自由に切れないんだな。


「大河原君は今度ヤンキーものの映画をやるみたいだね。ワイルドだけど甘い感じでって言われてツーブロックにしてみたよ」


「大河原さんが普段の三割増しいい男に見えましたよ」


「はは。それはどうもありがとう」


「そうだ。まねちゃんも丸子さんに切ってもらったら? ずいぶん切ってないでしょ」


「はあ。前髪は自分で切ってますし、後ろはくくったら分からないので」


「いいですか? 丸子さん」


「うん。これは久しぶりに切り甲斐のある髪だね。いいよ」


 丸子さんが快く応じてくれ、私はメイク用の椅子に座らされた。


 ゴムを取っておろすと、髪が伸びる市松人形のようになっていた。

 これは夜中に会ったら、相手を気絶させるレベルだ。


「要望はある? ドラマや映画の予定は?」


「かぶりもののドラマがあるだけですので、全然大丈夫です。思いっきり好きなように切って下さい。ツーブロックでも坊主でも受けて立ちましょう」


「はは。女の子にさすがにそれは……。面白い子だね、御子柴君」


「仮面ヒーローってかぶりものなんだ?」


 御子柴さんはぷっと吹き出した。


「仮面ヒーローが決まってるの?」


「はい。悪の首領の側近ゼグロスです。私の予想では頭上1メートルのモヒカンです」


 あのゼグシオの側近なら、それぐらいしなければ釣り合わないだろう。


「ははは。面白い役だね。まあ、モヒカンには出来ないけど、君、小顔だからショートが似合うかもね。思いっきりショートにしてみてもいい?」


「受けて立ちましょう!」


 ロングの髪をショートにする時こそ美容師の力量が顕著に現れるらしい。


 腕のない者は怖々、少しずつ切って逃げ道を残しておく。


 巧い人は頭の中にイメージが出来ているから、躊躇なく初刃から大胆に切る。


 丸子さんはまさに後者だった。


 ほんの一分ほどで首筋が涼しくなった。


 そこから幾つかのブロックに分けたかと思うと、一気に髪型が仕上がっていく。

 十分もすると、ショートカットの日焼け少年が鏡の中にいた。


「わあ、思った通り似合うねえ。僕のカット人生の中でも五本の指に入る変身だよ」


 御子柴さんも少し驚いた顔で、どんどん変化していく私の髪を見ていた。


「うんいいよ、まねちゃん。今流行のジェンダレスに見えるよ」


「たぶん男の子の恰好したらどっちか分からないと思うよ。体型もスレンダーだし」


 丸子さんが肯いた。


 つまり胸がないってことですね。


「面白い。ちょっとその辺の衣装着てスタジオに戻ってみようか」


 御子柴さんはいたずらを思いついた悪ガキのように目を輝かせた。


「ええっ!? どうするつもりですか?」


「いいからちょっと着てみてよ」

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