第28話 メンズボックス

 カメラのフラッシュ、服の中まであぶり出すような照明。

 たくさんの機材、大勢の視線。


 視線  視線  視線


 指先一つまで完璧であれという視線の山。


 そんな中で御子柴さんは、まるで家のリビングでくつろぐように、自然体でポーズを決める。



 今日は学校を休み、御子柴さんのマネージャーとしてメンズボックスの撮影についてきていた。学校に行ったらどちらのモデル派閥に入るか返事しなければならなかったので、こっちの方がずいぶん気楽だった。


「お疲れ様です。見事なポージングでした。ジャケットに隠れる上腕二頭筋の密かな躍動が何より素晴らしかったです」


「そんな褒められ方初めてだよ。それ褒め言葉だよね?」


「もちろんです。最上級の称賛です」


「ならいいよ。ありがとう」


 御子柴さんは、くすりと笑った。


「何か飲まれますか?」

「うん、じゃあ水くれる?」


「はい。食べ物は? 肩を揉みましょうか? 足のマッサージも得意です」


「はは。すごいね。でも座って休みなよ」


「いえ。わたくしマネージャーですので」

「マネージャーはいつも座ってるよ」


「そうなんですか? では邪魔にならないように……」

「ちょっと、どこ行くんだよ。まねちゃん」


 パイプ椅子を持ってスタジオの壁際まで行こうとした私を御子柴さんが呼び止めた。


「ここに座って俺の話し相手をしてくれ」

「ですが、お邪魔かと……」


 休憩用の丸テーブルの周りには、自分の撮影が終わったメンズモデルが次々戻ってくる。


 クライアントからの差し入れのお菓子や軽食で溢れるテーブルには、食べ盛り男子達が暇さえあればつまみ食いにやってくるのだ。


御子みこちゃん、マネージャー変えたの?」

 ほらほら、なんか金髪のちゃらい男がやってきたではないか。


「田中さんが忙しい時の臨時マネだよ、れん


 田中さんというのは御子柴さんの第一マネージャーだ。


 ん? 廉? どこかで聞いたような……。


「若いよね。タメぐらいじゃないの?」

「お前の彼女と同じクラスだよ」


 思い出した。りこぴょんのバカ彼氏だ。


「えー、りこぴょんと同クラなの? ねえ、りこぴょんって学校でも可愛い? 可愛いよね? 狙ってる男いるでしょ? いるよね」


 うん。思った通りのバカだったな。


「まだ一日しか行ってないので分かりません」


 私は必要以上に生真面目な顔で答えた。


「うわ、何この子? 真面目? りこぴょんと同クラだったら芸能クラスでしょ?」


「この間までスポーツ9組だったんだよ」

「スポーツ9組? なにそれ? うける」


 うける要素あったか?


「芸能クラスでマネージャー養成もやるようになったの? あんた色黒だね?」


 話がすっとんでるぞ。整理してしゃべれ!



「誰? 御子柴の彼女? お前趣味悪いな」

 別のモデル二人も入ってきた。


「マネージャーです。思い込みで変な噂を流さないで下さい」


 私は御子柴さんに失礼だろうと睨み付けた。


「マネージャー? うちにこんなマネージャーいたっけ? てか若すぎだろう」


 うちという事はユメミプロのモデルか。


「まねちゃん、この人うちの学校の三年。俺の先輩、大河原おおがわらさんと山下さん」


 御子柴さんって二年だったんだ。

 貫禄から三年だと思い込んでいた。


「芸能2組の神田川かんだがわ真音まおとです」


 御子柴さんの先輩なら、嫌なヤツでも頭は下げねばなるまい。


「え? 芸能クラス? まじでか?」


 二人は何でこのブスが? と表情だけで、はっきり表現してくれた。

 見事な表現力だ。


「志岐と一緒に来期の仮面ヒーローの役が決まってるんですよ」


「仮面ヒーロー? 志岐ってあの野球の? あの噂、本当だったんだ」

「社長のお気に入りのエースだったからな。裏から手を回したんじゃねえの?」


「そんな事してませんっ! 志岐君の実力です!」

 私はむっとして言い返した。


「なんで怒ってんの? この子」

 御子柴さんがははっと笑った。


「この子、志岐の大ファンだから。この子の前で志岐の悪口言わない方がいいですよ」


「ファンって言っても野球やめたんだろ?」

「野球をやる前からのファンらしいですよ」


「はあ? 野球をやってない志岐って、ただの五百円ハゲの男じゃねえのか?」

「知ってる、あのハゲ笑えるよなあ」


 私はむかっとして両拳を握りしめた。


「そう言って笑ってられるのも今だけかもしれませんよ」

 御子柴さんは、意味ありげに微笑んだ。


「ふん! どうゆう意味だよ。俺があんなハゲ男に負けるとでも言いたいのか? ふざけんな!」


 捨てゼリフを吐いた所で、大河原さん達は次の仕事があるらしく、別のマネージャーに連れられて行ってしまった。


 なんか悪意のある二人だった。


「ユメミプロも人数いると上下関係面倒そうだね。僕は弱小事務所で良かった」

 廉くんは別事務所らしい。


「最近映画の仕事が決まったから調子に乗ってんだよ」

「大河原さんでしょ? 去年御子ちゃんに仮面ヒーローとられたからっていまだに恨んでんだろうね。今年もダメだったみたいだしね」


「映画が決まったから辞退したんだって言ってるみたいだけどな」

「仕事で一緒になった女の子に、手え出しまくってるらしいじゃん。りこぴょん狙われてないかなあ……」


「まねちゃんも大河原には気をつけなよ」


 御子柴さんは不要な心配をしてくれた。

 そして廉くんが答えた。


「この子は大丈夫だよ、御子ちゃん」


 それをお前が言うなああ!


 カップル揃って失礼なヤツだった。

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