第27話 泣く演技

「……」


 さっきから志岐君は、生徒達と母親達、そして講師陣と御子柴さんが見守る真ん中で、ずっと一人たたずんでいた。


 休憩を挟んだ後、いきなり泣いてみろとおかま講師に命じられたのだ。


 志岐君は腕を組んで床を見つめたまま、完璧なポーカーフェイスで立ったままだ。泣くどころか何の感情も見えてこない。


 それを求められる人生だった。



「はい。私が先にやります!」

 私は冷えた沈黙に耐えられず、立候補した。


「あんたには言ってないけど、まあいいわ。やってごらんなさい」


「はい。任せて下さい!」


 泣くのは得意中の得意だ。


 明日から志岐君を見られないと思っただけで、涙がこみ上げてくる。

 つい先日味わったばかりの悲しみだ。


「う、うおーんん。おんおんおん」

 すぐに獣のような号泣が襲ってきた。


「おーん、おんおん。うおおーん……」


「はい、もういいわ。止めてちょうだい」


「うおおん……急に止めろといわれても……おんおん……うぐぐ……ぐすん」


 御子柴さんは相変わらず爆笑している。

 人の迫真の演技を笑うなんて……。


「あなた、それで演技しているつもり?」

「え? 見事に泣いてましたよ? 涙もちゃんと流れたじゃないですか!」


 素人と思えぬ感情の爆発だったはずだ。


「あのねえ、はっきり言わせてもらうけど、美しくないの。あんたの涙を見ても、誰一人同情しないわよ。ただの騒音なのよ」


「そ、騒音……。こんなに悲しい涙を流したのに? 先生は冷たい人ですね」


「私のせいにしてんじゃないわよ! あんたの表現力がそれほど幼稚だって事よ! 演技とは見る者にどれだけ共感を与えられるかがすべてだと言ってもいいのよ。あんたのは自分が悲しくて泣いただけ。誰の心も動かさないのよ」


「だって普通は、人の同情を引こうと思って泣いたりしないじゃないですか」

 おかま講師は私の言葉に目を丸くした。


「なに? あんたそれでも女なの? 女と生まれたからには人生が演技そのものでしょ? 笑っても泣いても、いかに美しく、多くの同情を集めて、いかにいい男を手玉にとるのかが女の醍醐味でしょうが」


「そんな事して何が楽しいんですか?」


「いい男を手に入れたら勝ち組でしょうが」


「何に勝ったんですか? ずっと相手を騙し続けるって事ですよね? 嘘つきじゃないですか」


「女ってのはそういう生き物じゃないの!」


「ひとまとめに決め付けないで下さい!」


「何言ってんのよ! あんただって好きな男の前では好かれる素振りの一つや二つするでしょうが!」


「そんな事する必要ありません。それで相手が幸せになるのなら努力もしますが、むしろ私が相手にくだらない影響を与えて、彼の人生の邪魔をする方が心配です」


「あんた、なんて悲しい恋愛感なの……」


 尽くし好きのおかまでも、もう少しは自分も愛されたい欲求がある。


「悲しくなんてありません。好きでいられるだけで私はとても幸せです」


 おかま講師は言い切る私を呆けたように見つめた。

 そして、大勢の注目があった事をようやく思い出した。


「あーもうっっ、あんたと恋愛を論じるつもりなんてないの! 少なくとも俳優になりたいんだったら、自分がどう見えるかぐらい、常に追求すべきでしょうが!」


 おかま講師は気を取り直して告げる。


「見本を見せてあげるわ。琴美ちゃん、綺麗に泣いてごらんなさい」

「はい」


 琴美ちゃんは返事をして前に進み出た。


 ツンとした仕草が、冷ややかなのにどこか愛らしい。


 そして、ほんの数秒黙ったまま集中していたかと思うと、つ――っと一筋ひとすじ涙を落とした。


 少し俯き加減で、悔しそうに眉を寄せ、誰かに理不尽に怒られたような情景まで浮かんでくる。そして何より、絵に残したいぐらい綺麗だった。


 見ているだけで心に込み上げるものがある。


「人は目をそむけるような汚い涙に興味はないのよ。美しい涙に感動して共感したいの」


 少なくとも演技という分野において、私は見られる意識の重要性を初めて認識した。


 そしてそれは志岐君も同じだった。

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