第26話 売れっ子子役 真中沢 琴美

「御子柴さん。先日の映画撮影ではお世話になりました」


 休憩時間になると、琴美ちゃんはお母さんを連れてやってきて、丁寧にお辞儀した。


 お礼を述べたのも、お辞儀をしたのも琴美ちゃんの方だ。

 お母さんはナマ御子柴さんを前に舞い上がってしまっている。


「御子柴さん。握手して下さい。あの、サインお願いしてもいいですか?」

「もう、お母さん、迷惑でしょ?」


 いやいや、親子逆転してるだろ。


「いいですよ。サインですか?」

 御子柴さんは慣れたように握手して、サラサラとサインを書いている。


「母がわがまま言ってすみません」


「あの……琴美ちゃんって何歳ですか?」

 私は思わず尋ねていた。


 琴美ちゃんは下賤げせんの者を見るように、見上げながらも見下した視線を私に送った。鳥肌が立つぐらいのクールビューティだ。


「八歳です。小学三年生です」


「し、小学三年ですか?」


 私が志岐君と運命の出会いをした年だ。


「それが何か?」

 その目がくだらない質問しやがってと言っている。


「いえ。しっかりしてるなあと思って」


 これはあれだな。

 今、流行の不遇の前世から転生してきた中身三十代とかいうヤツだな。


「あの、前世は何を……?」

「は?」


 かなり強めの、は? だった。


 言ったらダメな設定か。


 御子柴さんは相変わらず爆笑している。


「お兄さん、その頭は何かの役作りですか?」

 琴美ちゃんは志岐君の五百円ハゲを凝視している。


 子供って失礼な事平気で言うからな。

 いや、そこだけ子供らしいってどうなんだ。


「いや、ただハゲてるだけです」

 志岐君は気にした様子もなく普通に答えた。


「俳優になろうって人が、ハゲをそのままにしておくなんて、信じられない。マネージャーさんが気をつける事ですよね」

 琴美ちゃんは隣りの私を睨み付けた。


 どうやらイケメン二人と一緒にいるブスはマネージャーだと断定したらしい。 


 間違いではない。


 まだ正式就任はしていないが、寮費稼ぎに時々御子柴さんのマネージャーをやる事にはなっている。ついでに志岐君のマネージャーも出来るなら喜んで引き受けるつもりだ。


「撮影の頃には髪も伸びて分からなくなると思うんで……」

「今恥ずかしくないの?」


 遠慮ってものはないのか?

 その恥ずかしい頭で大観衆の真ん中で投げてたんだぞ。


「今まで野球の事以外、あんまり考えた事なかったんで……」


 子供にも嫌な顔一つせず答える志岐君も素敵だ。


「社長のスペアカツラでも借りるか?」

 御子柴さんが可笑しそうに尋ねる。


「いや、いいですよ。すぐに髪も伸びるだろうし……」

 本当にどうでもいいようだ。


 琴美ちゃんは軽蔑したように志岐君を見た。


「人目を気にしない人って俳優出来るの? こういう大人にはなりたくないわ」


「ち、ちょっと!」


 私を見下すのは構わないけど、志岐君をぞんざいに扱うのだけは許せない。


「琴美ちゃん失礼よ。御子柴さんのお友達なのに」

 琴美ちゃんのお母さんはオロオロと的外れな注意をした。


 御子柴さんの友達じゃなかったら失礼な事を言ってもいいみたいじゃないか。

 価値観おかしくなってるぞ。


「私、才能もないのに芸能界に入ろうって人が嫌いです。出来る努力をしない人はもっと嫌いです」


 むしろ琴美ちゃんの方が筋が通っている。

 やっぱり中身三十代、いや四十代だな。


 志岐君は困ったようにハゲをくるりと撫ぜた。

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