第25話 演技レッスン② 

「うわああん。死んじゃやだ、お母さん!」

「お母さん! お母さん!」


 母親役の一人が寝そべってる周りに子役が三人。揺り起こしながら泣き叫んでいる。車にかれた母親の名を呼ぶ子供という設定だった。


 その臨場感溢れる見事な演技に……。



「おーんおんおん。おーいおいおい」


 私はすっかり心を奪われ号泣していた。


「ちょっとお、あなた何一緒になって泣いてるのよ。演技者たるもの、泣く側じゃ困るのよ。泣かせる側なんだからあ」


「す、すびばせん……ひっく……」


 御子柴さんと志岐君は隣りで爆笑している。最近志岐君は、御子柴さんに似てきたのか笑い過ぎだと思う。



「はい、琴美ちゃん、よく出来ました」


 おかま講師が手を叩くと、琴美ちゃんと呼ばれた今まで泣き叫んでいた子供が、すっと泣き止み、礼をして後ろに下がった。


 す、すごい。まだ小学生ぐらいなのに。


 しかも長い黒髪は腰まであって、華奢な手足は白く透き通り、小さな顔には大き過ぎるほどの大粒の瞳。どこから見ても誰が見ても間違いのない美少女だ。


「子役、舞台、戦隊ものは共通する演技が求められるの。何かわかる?」


「いえ……わかりません」


 問われて志岐君は正直に答えた。


「分かりやすい事。つまり大袈裟って事ね」


「大袈裟……?」


「遠い舞台の上で、眉の動きで見せる演技なんかやったって誰も見えやしないのよ。子供も同じ。子供は微妙な顔の表情なんて読み取ってくれやしないわ。だから身振りを加えて大袈裟に表現しなければ、嬉しいのか悲しいのか理解出来ないのよ」


「仮面ヒーローは子供向けの番組だから、大袈裟に演技するという事ですね?」


 志岐君は肯いた。


「そう。昔はそれで良かったのよ」


「昔は?」


「そう。今は子供と一緒にお母さん達も楽しみにして見てるのよ。なにせ新時代のイケメン俳優の宝庫なんだから」


「はあ……」


「ここで子供向けに学芸会のような演技をしていたら大根役者のレッテルを貼られるわよ」


「ではどうすれば……」


「手振りは大袈裟でも演技は大人も納得できるクオリティを求められるって事よ」


「大人が納得できるクオリティ?」


「そう。一番いいお手本が琴美ちゃんよ。子役の最近のレベルは相当高くなってるわ。可愛いければいい、泣けばいいってもんじゃないのよ。きちんと感情を込めた演技が出来なければ、あっという間に干されるわよ」


「感情を込めた演技ですか……」


 志岐君はエースとして常にポーカーフェイスを求められてきた。

 今も相当不安なはずだが、表情からは読み取れない。


「その上で不自然でない事。どんなにいい表情が出来たとしても話の流れとして不自然であれば台無しにもなるわ。では不自然とは何か? それはリアリティがないから生じるのよ」


 だんだんおかま講師が何を言ってるのか分からなくなってきた。


「あなた、スポーツをしてたのなら、リアリティの重要性は分かってるでしょう?絶対勝つと言っても、本心がきっと勝てないと思っていたら、勝利が離れていくでしょう? そういう経験した事ない?」


「あります」


「まずは自分がその役になりきる事。信じ込む事。そして視聴者を信じ込ませる事。それがリアリティよ」


 志岐君は野球で説明されるとよく理解出来るらしい。


「まずはここに通って琴美ちゃんの演技をよく見て盗みなさい。スポーツもまずは一流の模倣から始めるのでしょう?」

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