第一章 芸能2組編

第21話 芸能2組

 私と志岐君は緊張した面持ちで芸能校舎の玄関に足を踏み入れた。


 学校というよりは会社のような建物で、入り口には守衛室があって、二つある改札口のような機械を通らなければ入れない。


 私と志岐君は昨日渡されたカードをかざして改札口を通った。


 一階が地下アイドル組の3学年3クラス。


 二階が芸能2組の3クラスだ。


 三階が芸能1組だが、ここと四階の理事長室は階段口が施錠されていて、エレベーターでしか行く事が出来ない。


 そのエレベーターには暗証番号が必要なので、外部の者は入れなくなっている。


 さすが、セキュリティだけは完璧だった。


「なんか場違いな気がするな」


 志岐君は見た目よりも戸惑っている。


 見慣れぬ余所者よそものを怪しみながら通り過ぎる生徒達は、みんな可愛くて華やかだ。


 ガングロチョコポッキーも五百円ハゲもいるはずがなかった。


「志岐君は髪さえ生えれば充分なじみます」


 いや、カッコ良すぎて逆に目立つ。


 問題なのは私だった。


 まだ日焼けの残る黒い顔。

 後ろにひっつめただけの黒髪。

 するど過ぎる吊り目。

 カタログ写真のように、きちんと野暮やぼったく着た制服。


 完全アウェイだ。


 階段を上ろうとした私達は、階段裏からしくしく泣く声が聞こえて顔を見合わせた。


「大丈夫? 亜美ちゃん」

「ううっ。お気に入りの筆箱だったのに」


「あの子達、この間のイベントで亜美ちゃんのグッズが一番売れたからひがんでるのよ」

「人気があるんだから仕方ないじゃない」


「自分のファンを亜美ちゃんに取られたって裏で言いふらしてるらしいわ」

「ファンの人が私の方が好きだって言うんだもん。私のせいじゃないわ」



 私と志岐君は目をしばたかせ、深呼吸をひとつして、再び階段を上り始めた。


「俺、やってけるかな……」


(同じく……)と私は心の中で呟いた。




「あー、スポーツ9組から編入してきた、志岐走一郎くんと、神田川真音さんだ」


 担任が私達を紹介すると、クラス中がざわざわと騒ぎ出した。


「知ってるわ。ほら野球部エースのハゲ」


 ハゲ言うなあ!


「ああ。怪我して選手生命終わったっていう?」


 聞こえてるんだけど……。


 志岐君はすでに有名人だった。


「でもなんで芸能組に?」


「なんか仮面ヒーローの脇役決まったらしいよ。噂になってた」


「あのハゲで出来るの?」


 陰口の声がでかいですよ、皆さん……。


「それより隣りの黒女くろおんなだれ?」


 む! 黒女とは私の事らしい。確かに。


「野球部エースにくっついてって、ちゃっかり役をもらったらしいわよ」


 うむ。正確な情報だ。言い訳はするまい。


「じゃあ、二人は空いてる席に座って」


 言われて見渡すと、空いてる席はたくさんあった。

 三分の一ぐらいが空席だ。


「ああ、仕事で休んでる子がいるからね。別の事務所に移ってやめた子もいるから。そこの後ろの窓際二つは空いてたな」


 うーむ。シビアな世界だ。


 私と志岐君は窓際二席に前後で座った。


 志岐君は大丈夫だろうかと、表情をうかがって見たが、彼のポーカーフェイスはこれぐらいで揺らいだりしない。


 陰口は全部聞こえていただろうけど、その表情からは何の感情も見えなかった。

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