第7話 魔の森
ドレイア辺境伯邸での会談を終えたセイスは、酒場にくりだす元気も無くなり一人家路についていた。
辺境伯邸から徒歩で半刻ほどの小高い丘にある家──そこにセイスの塒がある。
「とにかく風呂はいって寝よう……」
疲れがどっと噴出した感のセイスは事前に立てていた予定を捨て、とにかく風呂と睡眠を欲していた。
「ただいま……」
玄関の扉をあけ、誰もいない真っ暗な我が家に向かってセイスはつぶやき、そしてある事に気付く。
「しまった……数年ぶりに帰ってきたんだった……掃除しなきゃ……あぁあああああああ」
家の間取りは簡素なもので玄関を入り正面に広めの居間、その奥に寝室、そして板廊下の先に温泉が湧く露天風呂といった佇まいだ。死んだ魚の目をしながらセイスは黙々と作業に入る。家は薄暗く埃がたまっている状態なので全ての窓と玄関のドアをあけた後、セイスは水と風の魔法陣を構築し呪文をとなえる。
「小波の風──」
室内一杯に水飛沫を帯びた小さな竜巻が舞う。
ぐるぐると部屋中を駆け巡り数年積もった埃や汚れが払われ、止まっていた家の時間が動き出す。
「どれ、清潔になったかな?」
セイスが各部屋の天井にある光陽石に魔力を込めると部屋中が明るくなり、綺麗になった姿を現す。
「よし……次は風呂……だ……」
露天風呂や排水路には落ち葉が積もり苔が生え、数年放置した散々な状態だ。
セイスは小波の風を使い風呂と排水路の汚れや落ち葉を庭にかき出し、ピカピカに仕上げていく。すると詰まっていた温泉口からドバドバと湯気を出しながら温泉があふれ、風呂を満たしていく。その様子を見たセイスは時空間の法衣から籠を取り出し、着ている衣服を入れ露天風呂に浸かるのであった。
「あぁ……極楽だ……」
セイスは満天の星空を見上げ呟き、疲労が熱い温泉に溶け出していく。
温泉を満喫したセイスは体を乾かし、ベッドへ倒れ込み眠るのであった。
「──イス、おーきーてー!セイスったら!」
「……んあ、んんん……」
「もう!本当に起きないわね!よし、だったらこれならどう!?」
セイスがゲッテンに戻って翌日の事、時間はすでにお昼を過ぎている。セイス宅には小さな来客が息をまいてなにやらセイスを起こすために試行錯誤しているようだ。そしてベットから距離を取ると──
「ファーーーラだいーーーーーーーーぶ!」
「ぐおっ、な!?誰!?なんだ!?」
「ふふふっ、セイスやっとおきた!おはよう?おそようございます!」
「まじかよ……ファーラか……」
突然の衝撃に意識を無理やり覚醒させられたセイスは、飛び掛かられた小さい幼女の顔をみてため息まじりに返事をする。
「そーですよ!ファーラですよ!昨日は我慢したんだから!今日からかまってもらわないとセイスのお顔にお絵かきしちゃいますよーだ!」
「勘弁してくれ……あ、そだファーラ。ギルドのオーウッド爺に遊んでもらえ。爺ちゃんも喜ぶぞ」
「やだ!オーウッド御爺様つーまーんーなーいー」
駄々をこねながらセイスの髪の毛をワシャワシャ引っ張るファーラにさしものセイスもあきらめた様子で──
「……わかったわかった。降参だからとりあえず居間のソファーでまってろって」
「はい!」
元気よく返事をしたファーラはタタタっと小走りに居間へと向かい、セイスはだるそうに身支度を整え始め、ふと思った事をファーラへ問いかける。
「そいやファーラ、今日の共はハインケル爺さんか?それともマリーカ叔母さんか?」
「ううん、今日はファーラ一人だよ?」
「一人ってお前……警護がいなきゃ危ないだろ」
「大丈夫だよ!今日はお父様からコレかしてもらったし!」
「ジルも不用心だなぁ……んでコレってなん……だ……と!?」
身支度を終え、会話をしながら居間へ入ったとたん目に入る巨大な鉄の塊。
セイスが驚く理由は、その物体はファーラはおろかセイスの身の丈以上の長物で、禍々しい気を放っていたからだ。
「ファーラ……それってお前、前領主オーガスト様の魔大剣オーガドレイアじゃねーか!」
「えっへん!セイスだいせいかい!」
「それ、お前持ち運べるのか!?」
「まだちょっと重いけどだいじょうぶだよ!」
大丈夫と言いながらファーラは嬉しそうに魔大剣オーガドレイアをブンブンと片手で振り回す。
「ちょ、やめ、あぶねーから!ファーラ!」
「えへへ。ね?だいじょうぶでしょ?」
「あぁ、わかったわかった」
(この膂力、ドレイア家の血が覚醒しはじめたのかそれとも……)
「それで、だ。ファーラ、お前ジルから預かってるのは剣だけじゃないだろ?」
「あ、忘れてた!セイスすごいね!よくわかりました!お父様から手紙を預かってたの。よんでみて!」
ファーラは首からかけた小さなポーチを手に取ると、中から手紙を取り出す。
そしてセイスへと渡した。
『親愛なる友セイスへ──なにやら愛娘がセイスに稽古をつけてもらいたいようでオーガドレイアを貸した次第だ。あとはまかせる。
追伸
これから起きるであろう面倒事を小さくするために魔の森の様子を見に行ってくれ。稽古がてらに魔の森を鎮圧してきても良いぞ、ガハハ。ジルベルトより』
──魔の森
ゲッテンより西に広がる広大な森林地帯で、魔獣や魔物が多数住みつく危険地帯。腕に自信のある冒険者も奥深くへは進もうとしないほどに。そんな場所へ愛娘であるファーラを連れて稽古がてらに鎮圧しろとは、セイスへの信頼の証だ。
「なんだこれは……とても領主の手紙にはみえないだろ!はぁ……」
「んー?魔の森?セイスお外で稽古していいの?やった!お外におでかけ!」
「とりあえずギルドの訓練場にいくぞ。ファーラの剣術がどの程度かもわからんのに魔の森なんぞ連れて行けるか」
「わかった!くんれんくんれん!楽しいなぁ!あ、セイス、ファーラ絨毯のりたい!乗せて乗せて!」
「はいはいわかりましたよー。んじゃいくか」
風の絨毯に乗り、一人の冒険者と幼女はゲッテン街上空をヒラヒラとギルドへ飛んでいく。
「やっぱりセイスの絨毯はかっこいい!お空きもちいい!」
「わかったって。それとオーガドレイアをブンブン振り回すなよ!」
数分後二人はギルド前に降り立ち、中へと入っていく。昼を過ぎている為か中は閑散としていて数名の冒険者が軽食をつまみつつ依頼掲示板を眺めている。
カウンターへと向かうと二人の受付嬢が出迎えた。
「あらあらセイスじゃない~しばらくぶりねぇ~昨日帰ってきたんだってぇ~?飲みに行きましょうよ久しぶりに」
「ララ、勤務中よ。いい加減にしなさい。セイスさんこんにちは。本日はどのようなご用件で?」
「レーナって相変わらず真面目よねぇ~で、どうなのセイス~」
「レーナ、今訓練場って空いてるか?空いてるなら使わせてくれ。それとララ、久しぶりだな。悪いんだが飲みはしばらく無理だ。……な?」
セイスは用件と挨拶を済ますと、目線をファーラへと向ける。そこには頬をふくらました姿があった。その様子を見たララは口を開く。
「あらあら、ファーラ様いらっしゃいませ。この様子だとお酒のお誘いは当分無理ねぇ、残念」
「もうララったら!ファーラ様、申し訳ありません。お誘いは控えさせますので。それとセイス、訓練場は数名使用してるけど空いているスペースなら大丈夫よ。ファーラ様に訓練を見せるの?」
ララとレーナのやり取りにセイスが答えようとすると、横からファーラが入ってくる。
「今日はファーラがセイスにくんれんをつけてもらうの!あとララ!セイスにお酒はメーだからね!」
「あらあら、わかりましたわファーラ様」
ララの気の抜けた返事をよそに予想外の返答を聞いたレーナが声を荒げる。
「ファーラ様が訓練!?ちょっとセイス本気なの?もし怪我でもしたらそれこそ一大事──」
「大丈夫だ。本人からの強い要望でな、一種の依頼みたいなものだ。受けたからには完璧にこなす」
「……一応マスターには報告しておきますから、くれぐれも粗相の無い様気を付けてくださいね」
「レーナだいじょうぶだよ!ファーラつよいもん!」
「ファーラ様お怪我だけは気を付けてくださいね!」
「うん!」
そしてセイスとファーラはギルド職員専用通路へ通され、ギルド裏手にある訓練場へと向かうのであった。
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