第6話 ドレイア辺境伯爵家
「それじゃ報告を。ジル、リード、あぁそれとファーラ、依頼は完遂した」
セイスの簡潔な報告に呆気に取られるドレイア家の3人だが、それぞれの思いを口に開く。
「天晴、だな──」
「──さすがは大博典と言うべきか」
「セイス!お話はそれで終わりなの!?あ、我慢するんだったっけ、えへへ。セイスすごい!」
感嘆する2人と相変わらずのファーラをよそに、セイスは憂鬱気な表情をみせつつ喋りだす。
「それがなぁ、良い事だけの大団円ってわけじゃないんだよ」
「──なにがあった」
セイスの意味深な表情と言葉に喰いつくジルベルト。その顔は一気に獰猛な獣の様になり、鋭い視線をセイスへ向ける。
「あぁジル、依頼は完遂したのは間違いない。4大精霊の
「なん、だと?」
苛立ちを抑える素振りも見せず奥歯をギリギリと鳴らしながら、ジルベルトは激昂しはじめリードットを睨む。
「リードット、お前国から報酬変更の報告をうけておらんのか?」
「兄上、セイスの依頼について変更などの報告は一切来ておりません。セイス、済まないが確認をさせてくれ。依頼報酬は各諸国の永続的越境及び秘境への調査許可、それで間違いはないね?」
「あぁ間違いない。はぁ……というか大体わかった」
ジルベルトとリードットのやり取りを見て何かを悟ったセイスはため息混じりに返答する。そんなセイスの様子にリードットは、真剣な表情をそのままに説明を求めた。
「セイス一人だけ納得されてもこちらが困る。情報の出所と変更点について教えてくれ。個人的には、非常に面倒事へ繋がる予感がするのだが」
リードットは目頭を押さえ顔を上げながらセイスの説明をじっと待つ。その隣のジルベルトは相変わらずギリギリと奥歯を鳴らし、ファーラは状況が把握できず「ん?ん?ん?」と天井へ目線を向ける。
「もちろん話すさ。ただ約束してくれ、無いとは思うがギルドへ手を出したりしない事を。それと俺個人として、事を今は荒立てたくない。ジル、リードットわかってくれるか?」
セイスはまるで猛獣をおさえる様にジルベルトへ視線を送ると、次いで隣のリードットへ視線を移す。視線を送られた二人は黙って頷く。
「報酬変更について言われたのはオーウッド爺様からだ。決定はギルドマスター会議が下した、が、諸国家とギリギリまで折衝しつづけた結果だぞうだ。変更内容は俺をディスペリアマスターに叙任する事、ここまで話せば大体わかるだろ?ジル、リードット」
セイスの説明を受け、まずはリードットが口を開く。
「あぁ、なんとまぁ、そうきましたか。たしかに表向きは至高の栄誉と報酬の履行を兼ねてますが……影響力の大きいセイスに鎖をつけようとは。つまるところ国境に接している、いや、もっと局所的な……ドレイア周辺のラグナローラ帝国、ドーランド小王国あたりの思惑か。聡明なリベルタリア公が、易々とこの様な思惑に乗せられるのも解せない。公国内にも一枚噛んでる輩がいると考えるのが自然です。我々開拓派の拡大を思わしくないとすれば……リベルタリア公国貴族派の重鎮である宰相、グダフ・ドリーアム辺り、か」
リードットの考察をセイスは感心しつつ聞き入り、ジルベルトは怒気を込めて言葉にする。
「そろいもそろって小賢しいマネを……リードット……即応準備だ……」
「承知──」
今にも戦争の準備に掛かりそうな二人のやり取りを聞いてセイスは喋りだす。
「おいおいおい、二人とも話聞いてたか?今事を荒立てるなって──」
自制を促すように話し始めたセイス。それも当然だ。長期間に及ぶ偉業ともいうべき依頼を達成し、束の間の休息を勝手知ったるドレイア領ゲッテンで過ごすつもりだったからだ。それにオーウッドやグロリアスをはじめとするギルドの仲間、ドレイア辺境伯爵家や関係者、ドレイア領の民達が無用の戦乱に巻き込まれるのは絶対にあってはならない。その原因がセイス自身の依頼とあってはなおさらだ。そんなセイスの思いを他所にジルベルトはセイスへ問いかける。
「セイスよ、お前も理解しているのだろう?奴らはお前という剣を奪い、周辺国を焚き付け侵攻させ、窮地に陥った所を救援の名のもとに、このドレイア領全土を奪う算段をしておるのだぞ?」
続けざまにリードットが口を開く。
「兄上の言う通りです。この状況で受け身に回るのは愚策、早急に対応を迫られてる状況です。特にドーランド小王国の飛竜騎士団はやっかいですね、機動力は元より制空権を取られてしまっては話になりません。ドレイアにある投石機及び投槍機、ギルドに所属している魔術師を総動員しても防戦一方、そこに北方からラグナローラ帝国が魔氷連山を超え越境してきたらひとたまりもありません。さらに南方から援軍と称する略奪者がくるとなると、いよいよ──」
リードットが不吉な未来を口にしようとしたのを、セイスは遮るように声をあげる。
「わかった、わかったよ!言葉が足りなかったのは謝る。本当に俺がいなかった時の場合だろ?ならいるはずのない者がいたらどうなる?」
セイスの言葉に確認をするようにリードットは告げる。
「政治闘争や国境紛争には不干渉を貫いてきたセイスの言葉とは思えませんが、よろしいのですか?まぁセイスがドレイアを拠点にしている影響力で様々な恩恵を受けてきた事には変わりありませんが──」
「今回は俺の依頼報酬が発端だ、それに仕事を終えた働き者の休日、それも勝手知ったる、家族みたいな仲間たちとの休日をぶち壊してくれる、有象無象には相当の返礼が必要だろ?」
リードットとセイスのやり取りを聞くや、ジルベルトが獰猛な笑みを浮かべつつセイスへ問う。
「セイスよ、本当に良いのだな?」
「あぁ、というか元よりそのつもりだった……あ、まさか!?」
セイスが何かに気付いた時、ジルベルトは部屋中に響くほどの笑い声を上げ、リードットへ荒々しく叫ぶ。
「リードット!セイスへの指名依頼了承、言質はとったぞ!」
「はっ、兄上。私もしっかりと聞かせて頂きました」
「お見事で御座いますジルベルト様、リードット様。そして最大の功労者であるファーラ様、御爺様も喜んでおりますぞ」
執事長ハインケルは今までの沈黙を破り、ドレイア家の面々に賛辞を贈る。その言葉で確信を得たセイスは手を額に当て、やられたとばかりにうなだれる。対照的にファーラが太陽のような眩しい笑顔をみせながら元気一杯に喋りだす。それに続きドレイア家の戦勝報告ともいうべき会話が続く。
「えっへん!お父様とリードット叔父様の演技もすごかったけど、全部はファーラのさくせん!あ、お父様、セイスへの報酬の件!ちゃんといってよね!」
「がっはっはっは!わかっておるぞファーラ。あえて聞くが指名依頼の報酬はなにが良いかのう、リードット?」
「はっ、ドレイア家存亡の危機に対しそれを防ぐという、まさにドレイア家の救世主なるセイス殿への報酬は、金品はおろか、ドレイア家の秘宝すら物足りないですね。そうなると、これはもう、次期領主であるファーラ様を貰い受けて頂く他ございません。あ、セイス殿、家格の問題はございません。この世界にたった一人のディスペリアマスターの称号を持つ大英雄でございます故、誰が不服を申しましょう。まぁ不服を申し立てた者がいましても、申し立てた次の日には改心して祝福を致してくれると思いますが」
すでに用意されてたであろう文言を嬉々として話すリードットへ、悪戯坊主が悪戯を成功させた様にニッコリと微笑みながら、うんうんと相槌を打つジルベルト。先程までの獰猛な獣の成はすっかり消しながら。
「ファーラがセイスのおよめさん……ファーラがセイスのおよめさん、じいや!ファーラがセイスのおよめさんになれるんだって!」
「おめでとうございますファーラ様、じいやはうれしくてうれしくて、あぁ、オーガスト様、ファーラ様が立派な殿方を迎えられましたぞぉ……」
これまでの一連の流れ──
種を明かせばそう難しくない話、これらは用意周到なドレイア家の策だったのだ。海千山千の強者が集うドレイア・ゲッテンにおいてその頂点たる領主ジルベルト、そして実弟のリードット。さらには次期領主たるファーラを含めたドレイア家が凡人であるはずがない。首都リベルタリアに置いてある部下からの早馬から、事態を素早く察知したジルベルトとリードットは、裏を取るべく行動を開始していた。ファーラをギルドマスターであるオーウッドへ護衛依頼と称し接近させ、半ば強制的に事情を把握し裏を取る。オーウッドの顔のいたずら書きはわずかながらの抵抗の代償だ。遅れてくるであろう、リベルタリア公からの書簡が着く前にさっさと外堀を埋めに掛かるドレイア家。ついでとばかりに次期領主ファーラの婿をセイスに決定させようとしたのは、ファーラの恋心とリードットの思惑によるもの。ジルベルトはセイスの友人であり、少々申し訳ないと思いつつ、悪戯心に負けたので婚姻の話にのっかってしまった節がある。
「セイス、数年ゲッテンを離れて少々油断をしおったな?がっはっは!」
「ジル──してやられたよ。すでにオーウッド爺様やグロリアスさんには話付けてるんだろ?ファーラと俺がギルドを出発した時にはすでに──」
セイスが不満を噴出しようとした時、まるでタイミングをみはからったようにメイド長マリーカの声が響く。
「ジルベルト様、紅茶とお食事をお持ちしました──」
「がっはっは、入れ!さすがマリーカ、空気を読み絶妙な時を選んで来る。ハインケルの薫陶よろしくといった感じだな!」
「──恐れ入りますジルベルト様」
満足気なジルベルトの言葉に、口を少々緩みつつ一礼をするハインケル。そして嬉し気に食事と紅茶を運び、テーブルへと並べるマリーカ。
(本当に適わないな……ドレイア家の皆々様には……)
セイスは不満を解消する様に、運ばれてきた食べ物を次々と頬張り、ゴクゴクと紅茶を飲み干していく。作法もありはしないその振舞いに、穏やかな笑い声が執務室中に広がっていくのであった。
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