第5話 ドレイア辺境伯爵家

「……爺、ギルド会議の招集かかったら召喚獣でもなんでもいいから連絡くれ」


「ふぉふぉふぉ、もちろんじゃて。くれぐれもファーラ様のたのんだぞセイス。ふぉふぉふぉふぉ」


「爺……グロリアスさん、まぁこの状況なので領主様の館へ出向いてきます」


「そうですね、ファーラ様、セイスが逃走しないようにしっかりくっついていて下さいね」


「……」


「はーーーーーーい!グロリアス小父様まかせて!それとオーウッドお爺様、お顔の事ごめんなさい!」


「ふぉふぉふぉ、良いのですぞ。ファーラ様が健やかに成長している証ですじゃて。ふぉふぉふぉふぉ」


 セイスはそんなやり取りに心の中でため息をつく。


「それではマスター、理事、失礼します」


「失礼しまーーーす!」


 こうしてセイスとファーラは執務室を後にする。


「ふーっ嵐のようじゃったわい」


「ふふふ、そうですねマスター」


 執務室に残された二人はセイスの叙勲準備に掛かりつつ、ギルドの業務を処理していくのであった。幾分上機嫌になりながら──




 ファーラが乗ってきた馬車に乗り、セイス達はギルドを出て真っ直ぐ領主の館へ向かう。質実剛健な飾り気のない実用性に富んだ馬車だ。


 ──ファーラは貴族の令嬢であり、さらにいえばリベルタリア公国ドレイア辺境領の次期領主である。つまり、父親は現領主ジルベルト・ドレイア辺境伯爵だ。


「ねぇねぇセイス!今日は冒険のお話一杯してくれるよね?ね?ね?」


「そうだなー、時間があればなー」


 ファーラの年相応な要求に、疲労感を覚えながらセイスは適当に返事をする。その様を見て取ったファーラは当然ご立腹だ。


「セイス冷たい!じいや、セイスが意地悪するの!」


「お嬢様、セイス様はご帰還されたばかりでお疲れなのです。あまり我がままをおっしゃいますと嫌われてしまいますぞ?」


「セイスに嫌われるのはヤダ。でもお話も聞きたいし、遊んで欲しいし……じいやどうしよう……」


 ファーラがじいやと言う老年の男性。ドレイア家執事長を務めるハインケル・トーレスだ。先代領主の時代からドレイア家に仕える忠臣で、老いてなお執事長としてドレイア家を支え続けている。


「そうですなぁ、セイス様はこれから御当主様や伯弟様との会談がございます。故にお時間もかかりましょう。ですので今日、明日は我慢なされてはいかがでしょうか?我慢を覚える事も次期領主として必要なご経験ですぞ。それに心やさしき英雄殿はきっとお嬢様の願いを叶えてくださると、じいやは思います」


「むむむむむ……わかった!我慢するね!じいや偉い?ファーラ偉い?」


「ご立派でございますお嬢様。御爺様もきっと褒めてくださってますぞ」


「やった!お空から御爺様も褒めてくれてるのね!」


「はい、その通りで御座います」


 ドレイア家の宝ともいうべきファーラの成長を見届けられず亡くなった先代領主の思い。その思いを重ねたハインケルは胸が熱くなるのを感じる。油断すればその目頭から涙がこぼれそうな心情をぐっとこらえ穏やかな笑みを見せつつファーラへ返事をした。


(オーガスト様ご覧頂けてますか?貴方様が命を賭して守り抜いたこのドレイアの民と、大地と、そしてファーラ様のご成長を……)


「セイス、セイス、御爺様にもじいやにも褒められたよ!セイスも褒めて!褒めて!頭なでなでして!」


「あぁ、偉いぞファーラ」


 ファーラとハインケルのやり取りを見て色々と思う所があったのか、セイスは先程までの疲労感を忘れ、ファーラを褒めつつやさしく頭をなでるのであった。セイスに褒められ頭をなでられたファーラは、満面の笑みを浮かべながら大人しくセイスの隣に座り続ける。


 ギルドを出て30分程が経ち、馬車はゆっくりと速度を落として止まる。目の前には城とも要塞とも言い難い巨大な建造物と堅固な壁、そして立派な門がある。


 ──カラーン、カラーン、カラーン


 御者であるハインケルの部下が、片手で振るには少々大き目の鐘を3度鳴らす。すると門がゆっくりと開かれる。

 門が完全に開くと馬車は中へと走り出し、中庭を過ぎたあたりで本邸が見え出す。


 馬車が屋敷の前に止まると馬車の扉は開かれ、待機していた数人のメイド達が一礼し、メイド長が挨拶をする。


「おかえりなさいませファーラお嬢様、伯父上様。そしてセイス様、ご無事の帰還誠に喜ばしく存じ上げます。御領主様、伯弟様共にお待ちしております故、執務室までお越しください」


「マリーカ!みんなただいまー!ファーラはちゃんとセイスをおうちまでつれてこれたよー!」


 元気一杯に報告するファーラに心からの笑顔をみせるメイド達。


「──それではご案内します」


 執事長ハインケルの先導に従い、セイスとファーラ、それとメイド長のマリーカ・トーレスは屋敷の奥へと進んでいく。貴族の屋敷にしては華美な装飾の類があまり見受けられないが、それを感じさせない程の荘厳な佇まいだ。

 数分ほど広い廊下を進むと明らかに領主の執務室であろう重厚な扉が現れる。


「ジルベルト様、リードット様、ファーラ様とセイス様をお連れしました」


「──入れ」


 重厚な扉が開かれると、領主の執務室にふさわしい程の広い部屋がひろがる。正面中央には立派なテーブルをはさんで巨大な2つのソファー、さらに奥に大きい執務用の机があり、隣にはそれよりわずかに小さい机がある。

 そこには巨躯の戦士を思わせる人物と、長身ではあるが端正のとれた貴族の見本たる人物がいた。

 来訪者の顔をみるやいなや、巨躯の人物は獰猛な笑顔を見せつつ猛獣のような声が響き渡らせた。


「おぉセイス!よくぞ無事に帰ってきた!まちかねてたぞ。さぁさぁソファーに腰を掛けてくれ!マリーカ、すまないがお茶と軽い食べ物を用意してくれ」


「かしこまりました──」


 メイド長のマリーカは一礼すると早速準備へ向かう。


「お父様!セイスは私が連れてきたのよ!それとお帰りなさいがないじゃない!もおおおおおお!」


 ファーラが巨躯の男に飛び掛かる。そして頭にひっつくとポコポコと叩き始めた。


「わわっ、ファーラ!ちょ、やめんか!悪かった、悪かったから!」


 その様子を隣にいたリードット・ドレイアは苦笑しつつ口を開く。


「ファーラ、御客人の前ではしたない行動は慎みなさい。実の父親にそのような振舞いは私が許しませんぞ」


 ──リードット・ドレイア


 現領主の実弟にしてドレイア家当主代理を務める人物だ。剣技は兄に及ばないものの相当の使い手で、深謀遠慮かつ聡明な頭脳を持つ。ファーラの躾担当。


「わわわわわ、リードット叔父様ごめんなさい……」


 天真爛漫なファーラがあわてて父親から離れると、リードットへまるで貴婦人のごとく振舞い陳謝する。さすがのおてんばファーラもリードットには適わないようだ。

 その様子を見たリードットは満足気な表情で口を開く。


「ファーラ、その振舞い見事ですよ。そう、辺境伯爵の実子たる者いついかなる時も──」


「リードット、その辺でよいだろ。セイスも待たせておるのだ」


「はっ、兄上。ファーラの事になるとついつい」


 ──リードットを収めた巨躯の男


 この人物こそリベルタリア公国ドレイア辺境伯領現当主、ジルベルト・ドレイアその人だ。通称「ドレイアの大剣」


 ジルベルトはリードット、ファーラを伴い中央のソファーへ腰を掛ける。それを見たセイスは続いて腰を落とし、執事長のハインケルは颯爽とジルベルトの背後に控える。


「セイス息災でなによりだ!で、首尾はどうだ?」


「相変わらずせっかちですねジルベルト様」


「がっはっはっは、いつも通りは健全な証よ!それより固くするな!ここには身内しかいないぞ!」


「ですがを頂いておりませんので」


「あぁそうであったな。よろしい、である」


 セイスの問に答えたジルベルトの言葉を聞き、リードットは表情を緩ませつつ口を開き、ファーラもそれに続く。


「ここには今お酒はありませんけどね」


「お酒はメー!だからね!お父様!」


「ガッハッハッハッハ!」


 こうしてドレイア家とセイスの会談が始まるのだった。
















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