第4話 冒険者セイス
螺旋状の2階へ続く階段を昇り、二人は廊下を奥へと進む。
「あー、レーナ。
「相変わらずですよ、マスターもギルドの皆さんも」
「そっか、ならいいか。あ、お嬢の様子はどーだ?」
「うふふ、詳しくはマスターに聞くほうがよろしいかと」
「あぁ……わかった」
セイスとレーナはギルドの近況を話しつつ、ギルドマスターの執務室へとたどり着く。
「失礼します、Sランク冒険者セイスさんをお連れしました──」
「──入れ」
短いやり取りが済むとセイスは執務室へと通される。レーナは案内を終えると一礼し一回の受付へと戻って行く。
「セイス久しいな、さ、座ってくれ」
「只今戻りましたグロリアスさん」
セイスに声をかけソファーに座らせた壮年の人物、ゲッテン冒険者ギルドの理事を務めるグロリアスだ。
元冒険者で職は魔戦士。50前後の歳ではあるが、日々の鍛錬は欠かさず今も現役並の強さを維持しつづけている真面目な紳士だ。ただその性格故か、ある条件がそろってしまうと紳士たる姿が殺人機械へと変貌するのだが。
「あれ?
「セイスが留守の間散々な目に遭い続けてまして。まぁその、今日もお嬢様のお守りを、ね」
「──まったく散々じゃい!」
グロリアスとセイスが意味深な会話をしていると突然ギルドマスターのオーウッドが机にある書類の山から二人の目の前に現れる。
「うぉ、爺、びっくりさせんじゃねーよ!」
セイスはいきなり現れたオーウッドに驚くとその顔を凝視する。そして腹を抱えて笑い始めた。
「あっつははあはあはあは……爺、なんだよその顔は。腹が、腹が痛いって──」
「セイスよ、なに人の顔みて笑ろうとるんじゃい。この様の半分はおぬしの責任でもあるんじゃぞ!」
オーウッドの顔は幼児が描いた落書きで埋め尽くされているのだ。
「──あぁ悪かった爺。相変わらずのお転婆ぶりだなファーラ嬢ちゃんは」
セイスが笑いを収めつつ告げると、グロリアスは感慨深げに話を始める。
「ええ、本当に手が付けられませんよ。それはもう毎日毎日『セイスはどこだ!』『いつ帰ってくるの!』ばかりで。ギルドの実務は私がしておりますのでお暇なマスターがお守りをする事に──」
「暇じゃないわい!領主指名の依頼で他の冒険者には任せられないから儂が渋々お守りをするはめになっとるんじゃ!それとセイス、おぬし今日からお守りの依頼を受けるんじゃぞ、断らせんぞ!」
グロリアスの言葉にかぶせるようにオーウッドが憤慨しつつソファーに座り、お守りを対面に座っているセイスへ押し付ける。
「勘弁してくれよ爺、数年ぶりにようやく帰ってきたんだぞ。あ、思い出した」
会話のやり取りの中でふと本題を思い出し、セイスは今回の依頼の報告をしはじめる。
「爺、まずは結果報告だ。依頼は完遂した、塔周辺の安全確認と次元結界も施してきた」
セイスの報告を受けオーウッドとグロリアスは深いため息とともに安堵する。
「セイスよ、よくぞ精霊の開放をしてくれた。わしらの世代を含めて不甲斐ないばかりに苦労をかけた。この通りじゃ──」
オーウッドはそう言うとグロリアス共々頭を下げる。普段なら絶対にありえない光景だ。ギルドマスターと理事がそろって一介の冒険者に頭を下げるなどまず無い。それほどの偉業をセイスは達成したのだ。
「頭をあげてくれよ二人とも。爺やグロリアスさんが駄目だったわけじゃない、それくらい俺にもわかるよ。爺が目標を定め、グロリアスさんが道筋を作り、俺はただ仕上げをしたまでだよ」
セイスの言葉は決して謙遜の類ではなかった。精霊の加護が弱体していく状況、それは魔物の活性化につながり、辺境騎士団及びギルドはその対応をせまられ動くに動けない状況だったのだ。
それにここドレイア・ゲッテンは辺境、魔物の質も段違いである。そんな状況の中、魔物の討伐をしつつ、諸国のギルドマスターを招集し、一時的越境許可を諸国へ認めさせ、精霊加護を開放する道筋を作ってきたのは紛れもなくオーウッド、グロリアスの尽力があってこそなのだ。
「それと成功報酬も貰え──」
「その件なんじゃが……」
セイスが報酬の件に話題を移そうとした時、オーウッドは申し訳ない様をそのままに力無く言葉をかぶせる。
「ギルドマスターの会議でも散々掛け合ったのじゃが、どうにも依頼報酬であるディスペリア諸国の永続的越境及び秘境の調査許可はおりんでな……しかし依頼報酬を渡さない事はギルド規約の根幹をゆるがす行為ゆえにあってはならない」
「つまり?」
セイスは眉間にしわを寄せ言葉すくなくオーウッドに問いかける。
「4大精霊の加護開放によるディスペリア全土の変化を各ギルドが調査し、その結果をもってセイス、お主をディスペリアマスターに叙する事、それをもって報酬とする……それがギルドマスター会議での結論じゃ……」
オーウッドがそう告げた後、しばらくの沈黙が続く──
そしてセイスは沈黙を破るようにゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「より自由な冒険を求めた結果が鎖で縛られる栄誉とはね」
セイスが発した鎖で縛られる栄誉とはディスペリアマスターの称号の事である。
ディスペリアマスター──それはこの世界、ディスペリアにおいて比類なき大偉業を遂げた最高ランク冒険者にのみ与えられる至高の栄誉で、現時点での叙任者はいない。
ディスペリア全諸国のギルドのみならず、諸国家にも通達が行き祝典が催される。本来セイスが求めていたディスペリア諸国の永続的越境及び秘境の調査許可も当然おりるのだ。しかし、諸国家を巡る際にその国々の皇帝や王、公に謁見しなければならなくなる。その謁見行為にまつわるすべての事象をセイスは鎖と言っているのだ。
そのセイスの言葉を受け、オーウッドとグロリアスはさらに深々と頭を下げ、オーウッドは力なく口にする。
「行動を縛られるのはお主のもっとも嫌いな事じゃて……本当にすまぬ……」
「面倒には間違いないが、爺が謝ることじゃない。グロリアスさんも顔を上げてくれって。これ以上依頼の件で二人を煩わす事はしたくない」
「「助かる──」」
オーウッドとグロリアスがセイスへ感謝の言葉を告げた次の瞬間、執務室の大きな扉が蹴破られ──
「セイスが帰って来たって本当!?あ、セイスだ!お帰りぃいいいいいいいい!」
とても扉を蹴破った者とは思えないほど小さな赤毛の少女が間髪入れずセイスへ飛び掛かる。
「ぐおっ、お、おいファーラか!?話に聞いた通り元気一杯だな、って、一旦落ち着け──」
「離さないもんね!黙って長く冒険に出たセイスが悪いんだもんね!」
そんな二人の様子をオーウッドとグロリアスは、哀れみを含んだ苦笑いを浮かべつつ見守るのであった。
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