第4話 世界の事情
それからはたいした襲撃もなく、山登りをのどかなピクニック気分で楽しむ余裕も出来ていた。
天気は良く、見晴らしも良い。眺めて見えるのは向こうの山々だ。湖も見える。この辺りは自然が多かった。
「あの花は~あの木は~」
ナーナがわざわざ解説してくれる。なかなか物知りな少女だった。
「よく知ってるね」
「よく登ってる場所だから、詳しくなったのー」
「なるほど」
案内役に立候補したのも伊達ではなかったということか。さすが現地の人だった。
エクス達はほどなくして山の頂上に着いた。
「到着でーす」
先を行く案内役のナーナがスキップしてそこの地を踏みしめ、くるりと振り返って手を振った。
エクス達も頂上に立つ。そこはちょっとした広場だった。何かの遊具だろうか、いろんな物が置いてある。
そこの片隅にあった物にシェインが興味を示して近づいていった。
「おお、これはモアイ像ですよ。モアイ像」
「それは精霊様だよ」
「なるほど。この想区では精霊の姿をモアイに象ってるんですね」
そのゴツゴツした顔の石像はモアイ像というらしい。エクスはよく知らなかったが、シェインはいろいろと物知りだった。
「シェインもよく知ってるね」
「新入りさんはモアイ像を知らないんですか? じゃあ、もしかしてスフィンクスや金閣寺も知らないとか?」
「僕の想区にはそういうの無かったから」
「本を読めばこういうの載ってますよ」
「今はそういうのどうでもいいだろ。それで山の精霊はどこにいるんだ?」
シェインにマニア向けの話をさせると長くなる。
そうと知っている兄貴分のタオはさっさと話を打ち切って本題に戻した。
案内役のナーナは答えた。
「だからそれが精霊様だよー」
「いかにも、わしが山の精霊じゃ!」
「うわあ、モアイ喋ったー」
シェインは慌ててペタペタ触っていたその石像から跳びのいた。モアイは言う。彼は少し不機嫌の様子だった。
「ナーナ、どういうことじゃ。連れてくるならアイドルだけにしとけと言ったじゃろう」
「聞きたいことがあるんだって」
「お嬢は俺達のアイドルだぜ!」
「ふーん、その子がアイドルねえ」
パーティーの兄貴分として調子に乗って言うタオ。
モアイはじっくりとレイナを見た。レイナは少し緊張してしまった。
「見てくれはまあまあかな。じゃが、歌って踊れなければアイドルとは認められんのー」
「ええー」
どうも認められないといけないようなので一行は困ってしまった。
「姉御、歌って」
「踊って」
「頑張って」
「うーん……」
レイナは迷ったが、結局やることにした。
歌って踊ったのは昨日ナーナがやっていたものだった。アイドルと言われたからそれを選んだのだろうが、エクスの目から見てもあまり上手いとは言えなかった。
横を見るとタオとシェインが応援していたので、エクスも一緒に応援することにした。仲間の協調性って大事だ。改めてそう思う。
レイナのアイドルパフォーマンスが終わって、場はたいそう静まっていた。
「…………まあまあかな」
モアイの下した結論は随分と甘いなとエクスは思った。モアイはさらに現役のアイドルに訊ねた。
「ナーナはどう思う? こいつにアイドルの才能ありだと思うか?」
「ナーナはあると思うよー」
「ならいいか」
どうも認められたようなので、場に安堵の息が満ちていった。
「で、何か聞きたいことがあって来たのだったか?」
「はい、この想区で何があったのか教えて欲しいのです」
冴えないアイドルから元の調律の巫女としての威厳ある態度を取り戻してレイナは訊ねた。
モアイは古くからこの大地を見守ってきた賢人らしく答えた。
「うむ、この想区は元はファンタジーの世界だったのだ。ところがカオステラーが現れ、UFOが飛ぶようになってから、急速にロストテクノロジーが発掘されるようになったのだ。このままではこの想区はSFの世界になってしまうだろう」
「ファンタジーの世界がSFに!」
「それは困りましたね」
「SFって何?」
エクスは小声でシェインに訊ねた。シェインは小声で教えてくれた。
「少し不思議ってことですよ」
「なるほど」
確かにあのUFOは少し不思議な物体だった。そう思うと納得だった。
「で、それで何が困るの?」
エクスが小声で訊ねると、今度はレイナが小声で教えてくれた。
「世界のバランスが崩れるのよ。バランスの崩れた世界はいずれ崩壊するわ」
「それは大変だ」
さすがエクスより長い旅をしているだけあってレイナも物知りだ。
感心しているとモアイの冷めた視線がエクス達を見つめているのに気が付いた。
「お前達……聞く気が無いならわしはもう黙るぞい」
「ごめんなさい。続けてくださいぞい」
「では、続けるぞい」
何かぞいが移ってしまったが……ほっと一安心して話を続ける。ぞいを続けないように意識して。
「カオステラーの狙いは何なのでしょうか。この世界を少し不思議にして何か意味があるのでしょうか」
「それは本人に聞いてみないとな。奴はあのUFOの中にいる。お前達が望むならすぐに送ることが出来るが。どうする?」
「そんなことが出来るのですか?」
エクス達はびっくりした。モアイは平然と答えた。
「転送装置があるからな。ナーナ、起動して座標をセットしてくれ」
「はーい」
ナーナは横にあった不可思議な機械を起動してセットしようとしたのだが、その手を止めて訊ねた。
「あれ? ここのレバーどこにやりました?」
「え? ああ、東の洞窟に置いてきたかなー」
「何でそんなところに」
「うん、ちょっと蜘蛛の巣を取ろうと思ってなー」
モアイがどうやってそうしたのかは知らないが、取りにいかないといけないようだった。
おつかいならエクス達にとっては慣れた物だった。
「じゃあ、僕達が取りに行ってきますよ」
「うん、お願いねー」
「東の洞窟へはそこのゴンドラに乗っていくといいじゃろう」
「ゴンドラ……」
これもロストテクノロジーだろうか。そこには鉄の箱の乗り物があって、レールが山の向こうまで伸びていた。
列車に似ていると思ったが、これはまた質素な乗り物だ。
「これはゴンドラというよりトロッコですね」
シェインには別の心当たりがあったらしい。
「本人がゴンドラと言い張ってるんだからゴンドラでしょ」
レイナは少し戸惑っている。
エクスも少し迷うところはあったが、断ることも出来そうにない。
タオが背中を押してくる。
「ほら、坊主。先に乗れ」
「みんなで乗るんだよ」
「死なばもろとも」
シェインが何やら物騒なことを呟いている。
「そんなに危険な乗り物じゃないわよ、多分」
「そうだね」
「一応乗り物? ですものね」
迷ったが、行くしかないなら乗るしかない。
四人はおっかなびっくりそれに跳び乗った。
ナーナが気楽な調子で声を掛けてくる。
「スイッチ押すだけだから操作は簡単。向こうまで自動で着いてくれるよ。これは荷物を運ぶ用で本来は人を運ぶ物じゃないんだけど、みんななら大丈夫だよね。じゃあ、行くよー」
「え」
絶句するエクス達。ナーナはすぐにスイッチを押した。
ゴンドラは急スピードで発進した。乗り心地は悪かったが、荷物が壊れるほど無茶なスピードでもない。
風を切り、数回のアップダウンからカーブを曲がり、洞窟へ向かう。
エクス達は振り落とされないようにゴンドラにしがみつき、木の枝にぶつからないように身を伏せ、通り過ぎる熊を見送り、鳥に挨拶した。
目的地にはすぐにたどり着いた。ゴンドラから降りてしっかりした地面に立てることに感動するエクス。
「大地っていい」
「もう一度乗りたいです」
「用事が終わってからね」
シェインは元気だった。意外と楽しかった乗り物に興味津々の様子だった。
「洞窟は……あそこだな」
タオはすぐにそれを見つけた。
東の洞窟は降りてすぐの所だった。どんな薄暗いダンジョンが広がっているのかと覚悟して入ったが、すぐに奥までたどり着いた。
そこにはいろんなガラクタがあり、レバーもあった。
「これがレバーだな」
「取ったはずなのに蜘蛛の巣いっぱい」
「どうやらその犯人がまだいるようだな」
洞窟の天井から蜘蛛がぶら下がってきた。赤い瞳が不気味に光り、牙を剥いて襲い掛かってきた。
「こいつもヴィランか!」
「なら倒すわよ!」
四人が迎撃の体勢を取るのは早い。何度も繰り返してきた戦闘だ。体が覚えている。
ヒーロー達の力を借りて攻撃に出る。
蜘蛛は粘々の糸を放ってきた。
「捕まった時はAボタンを連打です!」
「Aボタンって何だよ」
「ヘイスト掛けて!」
「使えません!」
「この糸は僕の剣で断ち切ってみせる!」
苦戦の末、何とか撃破した。
またゴンドラに乗ってシェインは風を切る感覚を楽しんでいたようだが、エクスはまだそのレベルには達していなかった。
「熊が喜んでいますね」
「あの洞窟が住処だったのかも」
「ヴィランを倒したから帰れるようになったのね」
「まだガラクタがあるけどな」
「ガラクタぐらいは自分で片づけられるでしょう」
でも、大分慣れてきたように思える。そう思えた頃には到着していた。
「お帰りんご飴~」
「ただいまんご~」
「何ですか、その挨拶」
少しテンションの上がった人達だった。
レバーを渡すと、ナーナはそれを機械に取り付けた。機械が作動し、淡い光が立ち上る。
「さすが皆さんお強い。何の心配もいりませんでしたね。これでいつでも送れますよー」
「この機械もロストテクノロジーか」
「使える物は使わんとな」
「この先にカオステラーが」
「行きましょう」
4人は意を決して光の中に跳びこんだ。
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