第3話 朝の挨拶と山登り

 朝はどこの想区でも訪れる。そして、朝の挨拶もまたどこにでもある。

 村長はエクス達のために泊まる場所を用意してくれた。それも一人一部屋という優遇っぷりだった。

 太っ腹とも言えるが、単に旅人が少ないせいかもしれなかった。カオステラーに空から攻撃を受けている村では人が来ないのも仕方ないのかもしれないが。

 エクスが起きて廊下に出ると、そこで村長とばったりと出会った。彼は朝の挨拶をしてきた。


「おはよむ」


 と。それがここの挨拶だろうか。エクスも返すことにした。


「おはよむ」


 と。挨拶は朝の気分をよくさせる。人とも気分が通じ合う気がする。村長は言った。


「皆さん、もう食堂の方に集まっていますぞ」

「ありがとうございます」


 わざわざ伝えに来てくれたのだろうか。エクスは礼を言って足早に向かうことにした。



 食堂は朝から賑やかだった。多くの村人達もそこを利用していた。

 エクスが入ると、仲間のみんなはすでに食卓を囲んで食事をしていた。


「皆さん、早いですね」

「よう、坊主の分ももう注文しておいたぜ」

「おすすめです」

「何が来ても勇気を持って進むのよ」

「何を注文したんだ……」


 気になったが、エクスはさっきの挨拶をさっそく実践してみたいと思った。


「おはよむ、みんな」

「おう、おはよむ」

「おはよ……む?」

「おはよむって何ですか?」


 タオが平然と返し、レイナが小首を傾げ、シェインが訊ねてきた。

 知識派のシェインが知らないなんて珍しい。エクスは自慢たっぷりに胸を張って説明してやることにした。


「ここの挨拶ですよ。この想区ではみんな朝におはよむと挨拶するんです」

「へえ」

「へえ」

「へえ」

「3へえになりました。ありがとうございます」


 と、エクスは明日も使えるトリビアを披露してハナタカさんになっていた。ちょうどその時、後ろで村人同士が出会って挨拶をしようとしていた。

 みんなそこに聞き耳を立てた。二人は挨拶する。


「おはよう」

「おはよう」

 

 と。エクスに向けられる仲間からの視線が尊敬から一気に不審な物を見るような目付きに変わった。


「おはようと言ってるぞ」

「普通ですね」

「うよね?」

「あれー?」


 エクスは呆気に取られてしまう。仲間からの視線は冷たかった。


「坊主……」

「シェイン達を騙そうとしましたね」

「最低だわ」

「違うんだ! 僕はそんなつもりじゃ……!」


 そこにちょうど料理が来た。テーブルの上に乗せられたそれをタオはささっとエクスの元に差し出した。


「まあ、これを食って元気出せ」

「何だこれは」


 タオの注文した物は何か変な物だった。変な物は何か変な形をしていた。

 甘い? と認識出来る匂いを発している。新鮮で活きが良いのか何か動いている。

 唾を呑み込むのはおいしそうと認識しているからなのか戦慄しているのか。よく分からないがやばいと認識出来ることだけは確かだ。

 エクスは躊躇するが、仲間達の視線からは逃げられそうになかった。

 勇気を持って口にした。


「ぱくっ」


 その顔がとたんに晴れ渡る。

 変な物は見た目に反してとても美味しかった。エクスが大喜びで食べていると、みんなもそれを注文した。


「これうめー!」

「さすがおすすめと書いてあっただけあります」

「心が洗われるようだわ」


 美味しい物は人の心を幸せにしてくれる。小さな問題などすぐにどうでも良くなってしまった。

 挨拶のことだが。

 後で聞いたところによると村長は挨拶の途中でよだれを呑み込もうとして変な言葉になったらしかった。近くにおいしい食堂があるのも困り物だとエクスは思った。



 出発の準備を整えて、エクス達は予定通りに山へ行くことにした。

 昨日の宴会ではたいそう騒いでいたが、さすがに長い旅をしてきただけあってみんな丈夫だ。朝から元気な一行だった。

 村長に連れられた山の入り口で、一人の少女が四人の前に現れた。


「ここからはナーナが案内していくねー。みんなついてきてー」


 どういうわけか昨日のアイドルが山の案内役を買って出ていた。知らない山だから案内してくれるのは助かるのだが、


「アイドルに案内役が務まるのかね」

「この山けっこう険しそうですが」

「だいじょぶだいじょぶー、ナーナ鍛えてるからー」


 本人が大丈夫と言い張るので、案内してもらうことにした。




 さすがに大見えを切るだけあって、アイドルのナーナは猿のように身軽だった。昨日のステージでも軽快なダンスを踊りながら歌っていたし、飛び入りで参加した戦車とも華麗な連携を取っていた。見かけのわりに鍛えてるのかもしれない。

 エクス達も体力なら負けてはいなかったが。


「やるね、あの人」

「坊主はアイドルに興味のある年頃か」

「それはタオさんでしょ」

「残念だが、アイドルとは手を出してはいけない存在なんだ」

「そうですか」


 レイナは先を行くナーナを遠い目で見ていた。


「若者は元気ねー」

「わたし達もまだ若いですよ」


 レイナはどうもアイドルに引け目を感じているようだった。

 そんな姉御をシェインは隣で励ましていた。

 しばらく歩いていくとヴィランが現れた。翼を持つ魔物達がはばたきながら明確な敵意を向けて襲ってくる。


「こんなところにまで!」

「ここはナーナに任せて!」


 アイドル様は岸壁からひらりと地面に舞い降りると、綺麗に弓を構えて放った。


「アイドルシューティングアロー!」


 矢は煌めく光の流星となり、ヴィラン達を一網打尽に貫いていった。敵は全滅した。


「さあ、これでもうだいじょぶー」

「もうあの人一人で良いんじゃないかな」

「駄目ですよ。調律は巫女である姉御しか出来ないんですから」

「調律って何?」


 ナーナは調律を知らないようだ。自分の役目について訊かれているとあって、レイナは気構えと姿勢を正して説明することにした。


「物語を正しい形に戻すことよ」

「この世界って間違ってるの?」

「そうよ。だからわたし達は頑張らないといけないの」

「うん、じゃあお互いに頑張ろう」


 そう気楽な約束をしたところでさらに大きい敵が現れた。岩と思ったがそれは動く巨大なゴーレム。ヴィランよりも手強い敵だ。

 エクス達は今までの世界でも何度もそれと戦ってきたことがあった。


「あれはメガヴィランだ」

「ここってメガヴィランまで出るの?」


 現地の人に訊ねる。ナーナは困ったように首を振った。


「うーん、あたしは見たことないよー」

「それだけ世界の乱れが進んでいるってことか」

「カオステラーの影響が大きくなっている?」

「早く退治した方が良さそうですね」

「みんな、行くよ!」


 メガヴィランはさすがにヴィランとは格の違う強さだった。巨人の岩の拳が振り下ろされてくる。

 みんなはそれぞれに避けようとするが、完全にダメージを避けることは出来なかった。

 勝ったことのある敵とは言え、決して油断の出来る相手では無い。

 物語のヒーロー達の力を借りて戦いを進めていく。


「早く回復を!」

「ぼーっと前に立つのは止めてください。ちゃんとディフェンスして」

「突進くるぞ。避けて避けて」

「うわー!」

「何でみんな仲良く食らってんの? 後ろに回るよ!」

「レベル足りなかったかな」


 随分と苦戦したが何とか勝てた。エクス達は息を吐きながら武器を収めた。


「さすがにメガヴィランは強いね」

「だが、俺達の方が強かった」

「あんなに強いの初めて見ました。でも、みんながいれば安心ですね」


 ナーナにはなかなか刺激のある相手のようだった。レイナは先を促す。


「こんな強敵まで出るなんて。立ち止まってる暇はないわね。急ぎましょう」


 冒険を再開する。一行は山道を進んでいった。

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