先生の部屋

(今日の日程も無事に終わった)


 肥後は小さく伸びをすると、座卓へ肘をついて瞼を閉じた。

 座卓の上に広げられた数枚のプリントには、いたる所に細かな文字でびっしりと書き込みがされ、ところどころ蛍光ペンでチェックが入っている。


「明日は確か……」


 明日は生徒たちをいくつかのグループに分けて体験学習をすることになっていて、肥後の受け持つグループは焼き物の絵付け体験をする。実は、明日の絵付け体験を肥後はちょっと楽しみにしていた。


(マグカップ、だったよな。絵付けをした後は、各家へ宅配で送るから……あ、送り状の枚数、間違えないようにしないと)


 各クラスの参加人数をもう一度確認しようと、肥後はプリントへ手を伸ばした。


「美月、お疲れー」

「兼元先生」

「兼元先生? いつもみたいに享って呼んでよ」

「…………」

「ちょ、何その反応。恋人に向かって冷たすぎ」

「今は修学旅行中だ」


 呆れたようにため息をつく肥後のことなど全く気にすることもなく、兼元は肥後の隣へくっつくように腰を下ろした。


「兼元先生、近い」

「気にしない気にしない、どうせ俺たちしかいないんだから。お、明日の予定表だな。美月は焼き物の絵付けかあ……俺もそっちがよかったなあ」


 兼元が肥後の腰へ手を回した。

 石鹸の香りが、肥後の鼻先をふわりとくすぐった。


「風呂入ったのか?」

「うん。一緒に入りたかった?」

「バカ言ってろ。僕も風呂に行ってくる」

「美月」


 立ち上がろうとする肥後の手首を兼元が掴む。


「何」

「どこのお風呂に行くの?」

「大浴場だけど」

「ダメ!」

「はあ?」

「美月、一人で大浴場なんてダメだよ。部屋のお風呂に入って」


 今回の修学旅行で、肥後は焼き物の絵付けの他に、かけ流しの温泉も楽しみにしていた。

 なのに、いきなり温泉に入るなだなんて納得がいかない。


「見ず知らずの男に美月の裸を見られるなんて、俺が耐えられない」

「何をふざけたことを言ってる」

「俺は本気。ふざけてなんかないよ。どうしても大浴場に行きたいなら、俺も一緒に行って美月を他の男の目からガードする!」


 兼元のことを普段からバカなやつだと肥後は思っていたが、今回ばかりは呆れを通り越して返す言葉を失った。


「――――わかった。部屋の風呂に入るよ」


 かけ流しの温泉は惜しいが、兼元の目は本気だ。彼の言うことを聞かずにこのまま肥後が大浴場へ行ったら、ガードするとか言って、周りの目も気にせず裸のまま風呂場で抱きついてくるに違いない。兼元はそういう男だ。


「兼元先生、部屋の風呂に入るから。手を離してください」

「…………」

「兼元先生?」

「……美月、あのさあ」

「はい」

「美月がお風呂に入ってるとこ想像したら、勃っちゃった」


 テヘペロとはにかむいい年をした男を肥後は苦い顔で見下ろした。


「………………で?」

「いや、だから、どうせ今から汗とかいろんなもので汚れるだろ? それなら、お風呂は後からでもいいんじゃないかなあ、とか思ったんだけど」

「亨」


 肥後が兼元のことを下の名前で呼ぶと、兼元はパッと顔を輝かせ、きらきらと期待に満ちた目で肥後のことを見上げた。


「今から? 汚れる? 亨、君は僕のことを風呂に入り直さないといけないくらい、どうやって汚そうと思ってるんだ?」

「うわ、美月ったら、なに俺に恥ずかしいことを言わせようとしてるんだよ。えっ……も、もしかして何かのプレイとか? 淡白そうに見せて実は大胆なんだから」

「なっ…………プ、プレイって……亨、君、バカだろ!」

「いやだなあ、バカ(はあと)だなんて。煽らないでよ」

「………………」

「それに、ほら。美月だって、ちょっと期待してるみたいだし」


 そう言うと、兼元は肥後の下腹部を意味深に撫でた。


「やっ……亨!」

「美月、可愛い」


 肥後が抵抗しないのをいいことに、兼元の手が肥後の中心を形に沿ってやわやわと揉みしだいた。


「あ……や、やめ……」


 イヤだ、やめてと言っても、完全にスイッチの入った兼元に抗うことなどできない。

 それに肥後も兼元の手技でどうしようもない状態になってしまっていて、今やめられるのはちょっと困る。


 押し倒され、両手首を畳に縫いつけられた状態で、肥後は兼元のことを上目づかいで睨みつけた。


「バ兼元」

「うん?」

「一回だけだぞ」

「もう……! 美月、大好き!」



 修学旅行の夜はふける――――。

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修学旅行の一夜 とが きみえ @k-toga

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