傷口

 空いている席に、私と『朧』の3人は腰かけた。なんとなく辺りを見回す。

 観葉植物、一面ガラス張りの窓に面した一人席、丸い3,4人掛けのテーブル。昨日感じた通りカフェのようだ。

 今食堂にいるのは、枇々木くん、『lonelywolf』の五津先輩、『Transparence』の轟双子、『King』の羽柴先輩の5人らしい。それぞれ自由な体勢で食事をとっている。…羽柴先輩寝てないか?そういえば、昨日のオリエンテーションでも寝ていたっけ。伊折先輩に起こされていたのを何度か目にした記憶がある。


「へえーこんな感じなんだ、朝ごはん」


 東雲くんが、後ろにある食事の乗ったテーブルを見て言う。そこには既に、サラダなどが盛り付けられた皿が用意されていた。さすがアイドルバンド養成学校、栄養価などがしっかり考えられたメニューになっている。

 テーブルの端には炊飯器が置いてある。

 自分で量を調節できるのは助かる。私は基本的に小食なので、普通の高校生が食べる量盛られると多すぎるのだ。残してもいいのだろうけど、毎日それだと作ってくれる人に申し訳ない。

 隣には電子レンジやトースターも置いてある。温めて食べろということだろう。トースターがあるということは、パンの日もあるのだろうか。


「美味しそうですね。とりあえず、取りに行きましょうか」


 千座先輩の提案に、せやなー、はーい、と杜先輩、東雲くんが立ち上がる。私もそれに続いた。例のテーブルの前に3人続いて並ぶ。

 並んでいると、窓側の一人席に座っていた枇々木くんと目があった。手を振りかけたのだろう、手を顔の横に持ってきた状態で枇々木くんが目を丸くし、静止した。『朧』と私を交互に見る。

 うん、手を下ろそうか。

 なかなかシュールな光景だぞ。

 まあ、意外な組み合わせなのだろうな。私も意外に思っているくらいだし。


 私が頷くと、枇々木くんも何度か小さくいなずいた後、親指を立ててみせた。がんばれ、みたいな意味合いだろう。何をがんばるのかは知らないが、私も親指を立て返しておいた。

 と、前にならんでいた東雲くんがこちらをじっと見ているのに気付いた。


「…お前、『PHENIX』と仲いいの?」


 そう、声のトーンを落として聞いてくる。


 ああ、そうか。

 東雲くんも、2年生なのだ。


「うん」


 短く返事をする。

 あまり、その話は得意じゃない。

 ほんの僅かな沈黙が、とても長く感じられる。


「…んあー……ねえ、あいつらってどんな奴らなの?」


 東雲くんが後ろ手で髪をぐしゃぐしゃと掻く。恥ずかしさのような、もどかしさのような、そんな感情が詰まった問いに私は少し驚いた。

 てっきり、嫌悪の感情だと思っていたから。

 驚いて、尋ねてしまう。


「嫌いじゃ、ないの?」


 だって君も、2年生でしょう?


「俺は先輩二人にべったりだから、あんま他の二年と交流なかったんだよ。…違うな、他の二年と交流を持ちたくなかったから、先輩にべったりだったのかも」


 ああ、と私は小さくうなずく。

 でも、やっぱり『PHENIX』のことは知っているらしい。


 東雲くんが『朧』に入ったのは、確か入学して2か月くらい経った頃だっけ。

 そのころはまだ、アイドル科の現2年生も平和にやれてたんだよな。


「みんないい人だよ。…でも、アイドルの素質を持ちすぎてる。『PHENIX』のステージ、見たことある?」


 言いたくないのに、向き合いたくないのに、私は言葉を紡ぐ。

 こうするのが正解だって思うから。

 ここで黙ったら、東雲くんの『PHENIX』に対するイメージはいいものじゃないだろう。私へのイメージだってそうだ。


 ならば、自分の感情は考えちゃいけない。

 相手にどう映るか、周りにどう見えるか。

 それを考えて話すんだ。


「『春フェス』のは。本当噂通りだと思った。特に火蛹…蓮華先輩が『城咲にも負けんかもなあ』って言ってたくらいだし」


 城咲先輩と同レベル、か。

 2年の時点で君色学院トップのアイドルにも負けないかも、なんてものすごい高評価だ。

 でも、実際彼にはそれほどの実力が備わっている。

 自分の武器もわかっている。

 戦い方を熟知している。


「だから、二年生があんなことになってるんだろうけどさ」


 私はただ頷いた。

 彼らは悪くない。誰も悪くない。ただ、状況だけが悪くなっていく。

 だれのせいにもできなかったから、あんなにみんな傷ついたのだ。


「っていうか、何であいつら去年から特待生になってないの」


 黙っている私に畳みかけるように東雲くんが言う。

 ああ、それは…。

 彼らはあまり話してほしくないことらしいから、どう誤魔化そう。

 そう考えていると、期せずして杜先輩から助け船が入った。


「どうしたん、2人。えらい仲良うしとるなあ」


 そう屈託のない表情で私と東雲くんを見る。

 ありがとうございます、と心の中でお礼を言った。


「えー、仲良くなんかないですよ」


 東雲くんは私から杜先輩に向き直り、さっきとは全く違う口調で嬉しそうに話す。


「そうですか?私にもそう見えましたよ」

「えー、どこかですか」


 切り替えがはやいのか、はたまたそう見せているだけなのかは知らないが、とりあえず東雲くんとの会話は終わったらしい。

 私は心の中で安堵のため息をつき、トレイに食事を乗せていった。

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