サンライザー

「5月のイベント、私なりに考えてみたんですけど、こんなのでどうですかね」


 ひととおり授業が終わり、他のユニットは歌の練習、バンドは楽器の練習をしていた。

 私と『サンライザー』は、5月のイベントの話し合いをしていた。円形の机を囲み、私、三和先輩、赤昏先輩、黄瀬くんの順で座っている。ちょうど私の正面に赤昏先輩がくるかんじだ。

 教室の端のほうには、人気教師の松風まつかぜ孝弘たかひろ先生もいる。起きているんだか寝ているんだか、半目であらぬ方向を見ている。

 この人も元アイドルのはずなんだけどな…?

 まだ授業は受けていないから何とも言えないけど、本当に人気教師なのか…?


私は松風先生から目を離し、鞄からやや厚い紙束を出して机に置く。

『サンライザー』の三人はそれを受け取り、少しの間眺めていた。


「そうだな。イベントとなれば、やはりヒーローショーだな」

「いいんじゃないですか。『サンライザー』の伝統ですし、俺ららしさもちゃんと出てる」

「俺もそれでいいと思う」


 黄瀬くんと三和先輩も賛成のようだ。赤昏先輩は笑顔で頷いている。


「じゃあヒーローショーでいきましょうか。何かこのパフォーマンスやりたい、とかあります?」


 私は話を進めた。

 ヒーローショーの内容や展開は基本的にどの代も同じだ。ヒーローである『サンライザー』と怪獣役が戦い、最後に怪獣を倒してショーが終わる。そのショーの間に歌やダンスを織り込んでライブ形式にしていくのだ。

私の案も、それとあまり――というか全然変わらない。

まあ先代も、変えるのは怪獣の名前だけ、なんていうのがざらだったのだ。

でも曲や演者が違えば、同じ演目でも全く違ったステージになる。

それに少しオリジナルのパフォーマンスをプラスすれば、充分この『サンライザー』のステージになるだろう。


「パフォーマンス…爆発とかどうだ?ヒーローっぽいぞ!」


 赤昏先輩は目をさらにキラキラさせている。

 子供か。というか、爆発ってパフォーマンスに入るのか?

 まあ、ヒーローにはこれくらいの純粋さが似合うのかもしれない。戦隊モノとか見たことないから、よくわかんないけど。

 でも黄瀬くんも三和先輩もどこかけだるげな雰囲気だから、多分これでバランスが取れているのだろう。もちろん、ステージ上ではそんな雰囲気はみじんも感じないが。


「えー、嫌ですよ怖い」

「爆発って芸人じゃないの?」

「あ、じゃあ赤昏先輩にはぴったりですね」

「どういう意味だ黄瀬?そんなに俺はおもしろいか!はっはっは!」

「……」


 黄瀬くんは呆れた顔で赤昏先輩を見ている。


「ヒーローっぽいねえ…俺実は戦隊モノ見たことないからあんまわかんないんだよね。まあ『サンライザー』にはいるときにひととおり勉強はしたけどさ」


 と三和先輩。

 まじですか。

 じゃあ何で『サンライザー』に入ろうと思ったんだろう。


「え、まじですか」


 黄瀬くんが私と同じ反応をする。赤昏先輩は前から知っていたのか、頷いていた。


「うん。年子の姉貴がいたから魔法少女とかそういうのばっか見てた」

「まじっ…ですかっ」

「何笑ってんだお前」


 三和先輩が黄瀬くんにデコピンする。

 仲いいな。

 微笑ましい。

 どうしようこのアウェー感。


「えっと、あまな…あま…いいづらっ」


 黄瀬くんがおでこを押えながら言う。私の名前を呼ぼうとしたのだろう。

わかる、言いづらいよね。

自分でも噛むよ。


「つばさでいいよ。いいづらいし」

「じゃあ、つばさ、ちゃん…は、何かアイデアとかあったりする?」


ちょっと言葉がたどたどしいのは、私と話すのが初めてだからだろうか。意外と人見知りなのかもしれない。

『サンライザー』とは、一度だけアイドル科との合同演習で一緒になった。が、その時はまだ黄瀬くんはいなくて、メンバーは赤昏先輩と三和先輩の二人だけだったのだ。

 でもありがとう黄瀬くん。

 おかげで空気にならずに済んだ。


「そうだな。観客側の意見も聞いておきたい」


 赤昏先輩が真っ直ぐな目でこちらを見る。

 この人、こんな顔もできるのか。いや、ものすごく失礼な感想かもしれないけど。

 私は少し視線を彷徨わせた。

 黄瀬くんと三和先輩を見てから、赤昏先輩の目を見る。

 綺麗な茶色だ。

 火蛹くんとどこか似ている目だが、少し違う。

 彼よりずっと澄みきった、傷一つない目。

 火蛹くんのは、癒えていない傷がある。

 癒える日が来るのかさえわからない、それほど深い傷。

 助けて、傷つけないで、傷つかないで――そんな色んな思いが、彼の奥には眠っている。

 少しだけ、私と同じ。


 だからきっと、私と彼は――『PHENIX』は、たくさん一緒に仕事をしてきたのだろう。あの荒んだ学年の中で。彼らが壊してしまった学年の中で。

 火蛹くんと私は似ていない。

 似ていないけど、おなじだから。互いのことがわかるから。

 だから、きっと。


「つばさ?大丈夫か?」


赤昏先輩が私の肩をつついた。意識が急に引き戻される。慌てて口を開く。


「っすみません!…そうですね、ヒーローっぽい…赤昏先輩の案をちょっとひねって、水とかどうですか?涼しげですし、怖くないし」


何してるんだ私。集中しないとだめじゃないか。心の中で自分に喝を入れる。


「水か、いいな!ヒーローっぽい!」

「かっこいい水鉄砲とかも持ったらそれっぽいよな」


 と三年生の二人。結構乗り気なようで安心した。

 なるほど、確かに水鉄砲はいいかもしれない。単純に持っていて様になるし、怪獣を倒す武器としても使える。

 小さな子供も沢山見に来るからあまり過激な武器はよろしくないが、水鉄砲だったら大丈夫だろう。


「さすがプロデューサー、赤昏先輩とは目の付け所が違いますねー」

「俺でも傷つくことがあるって知ってるか、黄瀬?」

「そんな満面の笑みで言われても…」


 赤昏先輩は終始同じ笑顔だ。こういうのがヒーローの器なのだろうか。

 包容力があるというか、裏表がないというか、とても安心するし明るい気分になる。私にはとてもなれない器だ。

 …ちょっと憧れるかもな。

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