「立ち話も何だし、教室入らない?」


 僅かに私の気持ちが重くなったのを感じたのか、いつもの穏やかで柔らかさのある声で、仁科くんが助け舟を出してくれた。

 あまりそれを悟らせるつもりはなかったのだけれど、仁科くんなら仕方ない。

 そういうことに異様なほど目敏いのだ、彼は。


「そうだな。授業が始まるまで大分時間がある。ずっと立っているのは疲れるしな」

「やっほー!一番乗りぃ!」

「うぇーい!」


 七基くんが話し出すと同時に、火蛹くんと枇々木くんが駆けだす。元気よく教室に入っていく二人をみて、七基くんはやれやれというようにため息を吐いた。仁科くんも苦笑いしている。

 本当に子供みたいだな。枇々木くんはノリがいいだけなんだろうけど。


「僕たちも行こうか」

「バカ二人に先を越されたのは少し癪だがな」


 七基くんが髪を耳にかけた。彼の癖だ。その拍子に、制服の袖が少しだけ滑りおちた。普段はつけている腕時計がない。お姉さんからもらった大切なものだと言っていたから、眼鏡とは違ってただ忘れただけだろう。


「今日は一段とはっちゃけてるね…あそこまでいくと尊敬だよ」

「お前もやってみたらどうだ、アキ」


 七基くんが首を傾げて仁科くんを見る。

 ちょっと見てみたいかも。


「えー、晴がやったほうが絶対面白いと思うけど」

「俺がやったら気持ち悪くなるに決まっているだろう」

「あ、自覚あったんだ」

「お前な…」

「あ、晴が怒りそう!つばさちゃん、逃げよっか」


 そういうと仁科くんは私の手を取って教室に向かう。

 このさりげなさ、さすがアイドル――でもプロデューサーとの距離が近すぎるのはちょっと良くないな?私のことは女の子としてではなく、仕事相手として見てもらわないと。今はまだ学生だからいいけど、大人になってアイドルとして働くことになったら色々面倒なことになる――だからこそ今のうちに楽しんでおけ、ということなのかもしれないけど。

 というか、火蛹くんならともかく、仁科くん普段はこういうことしないのに。

 どうやら仁科くんも、火蛹くんたちに負けず劣らずはっちゃけているらしい。


「あっ、おい逃げるな!」


 そういう七基くんの声も、少し弾んでいた。

 まあ、こういうのもたまにはいいのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る