アイドルたち
火蛹くんがこちらに駆け寄ってくる。七基くんも続いた。
『PHENIX』のみんなを見ると、こんな不慣れな空間でも落ち着くから不思議だ。
会うのは『春フェス』以来――一週間ぶりか。
「ずっとお礼言いたかったんだ。『春フェス』ではほんとありがとう!お陰で俺たち特待生になれたよ!」
と火蛹くん。
相変わらず笑顔がまぶしい。
『春フェス』とは、文字通り春に行われる、君色学園独自のライブのことだ。正式名称は『スプリングライブ』なのだが、観客にも生徒にも『春フェス』でとおっている。
『春フェス』では、夏に行われる『
そこで、私や『PHENIX』のような特待生が選ばれる。君色学園毎年伝統の行事だ。
そんな『春フェス』で私は、『PHENIX』のプロデュースをさせてもらった。
皆特待生に選ばれたい。選ばれるためには、最高のステージを見せなければならない。だから、特待生候補といわれるグループのほとんどは、プロデュースを教師に依頼する。学園側も、『春フェス』だけはそれを認めている。稀にではあるが、プロデューサーの力を借りないグループもある。
が、『PHENIX』は、よく一緒に仕事をしていた私にプロデュースを任せてくれた。
そして、『PHENIX』は最高のステージを見せた。
そのおかげで私が特待生になれたのは、言うまでもない。
プロデューサーはアイドルやバンドと違い、『春フェス』などに出ることはないので普段の活動実績やアイドル科、バンド科の生徒からの評価を考慮して選ばれるが、やはり『春フェス』の影響は大きい。『春フェス』で『PHENIX』のプロデュースをしていなければ、私は特待生にはなれなかっただろう。
「大したことはしてないよ。『PHENIX』こそ、私を使ってくれてありがとう」
彼らの能力は、入学当時から頭一つ飛びぬけていた。普通に活動していれば、一年生のころから特待生であってもおかしくないほどだったのだ。
色々あってそれはかなわなかったのだけれど。……そのせいで根付いた禍根もあるのだけれど。
「そんなことないよ。磨が言ったみたいに、つばさちゃんが色々助けてくれたおかげなんだし」
と仁科くん。
まあ確かに、『PHENIX』と結構な数の依頼は受けてきた。
間違いなく、仕事回数は一番多いだろう。
「お前も特待生に選ばれたんだったな。おめでとう、これから一年、よろしく頼む」
これは七基くん。おや、と私は違和感をおぼえる。普段は眼鏡をかけているのだが、今は掛けていない。忘れたのだろうか、それともコンタクトにしたのだろうか。いや前者はないだろうと思うかもしれないが、口調や見た目に反して七基くんは結構抜けているところがあるのだ。
「しかし、大変だなーつばさも。7グループの特待生をひとりでプロデュースしなきゃいけないんだろ?俺そんな仕事絶対したくない」
枇々木くんが腕を頭の後ろで組む。
私もしたくない。
「先生たちもサポートしてくれるらしいし、何とかなるとは思うけどね」
「今年って何人特待生いるんだっけ。20くらい?」
「私を抜いて24だね」
「あ、結構いるんだね。大丈夫?無理して倒れたりしないでね。俺たち手伝うから何でも言ってよ?」
「ありがとう。じゃあいつか頼らせてもらうね」
とはいったものの、頼るつもりはあまりない。私もプロデューサーの端くれだ。自分の仕事は自分でしっかりやる。
何より、アイドルたちに負担をかけるわけにはいかない。
特に、『PHENIX』には。
これ以上負担がかかると、壊れてしまわないか心配だ。
特待生になったとはいえ、彼らのつけられた傷は――つけた傷も、そう簡単に癒えるものではない。
その悲劇を、ずっと近くで見てきたからこそ。
彼らが傷ついてしまわないか、壊れてしまわないか、心配なのだ。
「うんうん!待ってるよ?約束だよ?」
そんな私の心情を知ってか、火蛹くんが私を覗き込むように見る。
彼の真っ直ぐな目に見つめられると、できる限り頼らないという決心が揺らいでしまう。その目に引き込まれそうになって、私は少しだけ目をそらした。
火蛹くんはいつもそうだ。
みんなを、引き込む力を持っている。
美しいと形容される顔は、喋るとあどけなさを見せる。
耳に届くこの声は、今は子供のもののようだが、歌うとすごく色っぽく聞こえる。
こういうのがアイドルとしての素質なんだなというのを、私は君色学院に入学してからの一年間で学んだ。
そして、彼が素質を持つに値し過ぎた器だということも。
それが周りにどう影響するかも――ほんの少しだけど、見てきた。
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