しろとよる

しろとよる



生まれた時から、ひとりきり。

 

 

 

名前も知らない、しろいねこ。

 

 

 

なまえはいらない、白い猫。

 

 

 

 

なにも、しらない、しろいねこ。

 

 

   

 

 

 

そこは、まっしろな平原でした。

 

 

 

 

その猫は、まっしろな身体でした。

 

 

 

 

誰もいないから、ひとり。

 

 

 

独りだから、何も知らなくて良くて。

 

 

 

今日も白猫は、ずっとずっと。

 

 

 

 

つめたい、空から降ってくる、白を眺めていました。

 

 

 

――見上げたそこ、が空という名前とは知らなくて。

 

 

――そこにある白が、雲という名前とは知らなくて。

 

 

 

――そこから降ってくる白が、雪という名前とは知りませんでした。

 

 

 

 

 

 

にゃー。

 

 

 

と、一声鳴きました。

 

 

 

 

 

 

 

しろいねこの、おはなし。

 

 

◇ 

 

 

 

 

知らなかったから、白猫は幸せでした。

 

 

 

 

今日も、雪を眺めて、ただ、眺めて。

 

 

 

 

 

 

雪は白。空は白。平原は白。ボクも、白。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にゃー。

 

 

と、一声鳴きました。

 

 

 

 

 

 

にゃー。

 

 

 

 

と、知らない声が聞こえました。

 

 

 

 

振り返ると、黒い猫がひとり。

 

 

 

こんにちわ、と笑いました。

 

 

 

 

 

 

白い猫も、こんにちわ。

 

 

 

生まれて初めて、挨拶をしました。

 

 

 

 

 

 

「ねえ。きみの名前は?」

 

 

 

黒い猫が聞きます。

 

 

「名前って、なに?」

 

 

 

白い猫は何も知らないから。

 

 

 

知らなくても良かったから。

 

 

 

 

 

初めて、名前をもらいました。

 

 

 

雪のように白いから、しろ。

 

 

 

黒い猫のなまえは、よる。

 

 

 

 

しろとよるは二人で雪を見ていました。

 

 

 

初めて、あたたかいってことを知りました。

 


 

 

あれが、空。

 

 

あれは、雪。

 

 

あれは、雲。

 

 

ここは、平原。

 

 

 

しろは、よるから沢山、沢山教えてもらいました。

 

 

ひとつ教えて貰うたび、しろは胸がポカポカしました。

 

 

「ねぇ、よる」

 

 

「なぁに?しろ」

 

 

「ボクのここ、温かいんだ。なんで?」

 

 

 

よるは笑って言いました。

 

 

「それは、しあわせなんだよ、しろ」

 

 

 

 

しろは幸せを知りました。

 

 

「よるは……」

 

 

「うん?」

 

 

 

「よるは、しあわせ?」

 

 

 

と、訊くと。

 

 

「うん。温かいよ、しろ」

 

 

と、笑ってくれました。

 

 

 

 

にゃー。にゃー。

 

 

 

 

ふたりで一声鳴きました。

 

 


◇ 

 

 

はらりはらりと雪が降る。

 

 

 

ボクの隣で、よるは動かなくなった。

 

 

 

よるは、ボクに色々教えてくれた。

 

 

 

名前とか、空とか、雪とか、しあわせとか。

 

 

 

だから、疲れちゃったんだと思う。

 

 

 

 

よるの隣で、丸くなった。

 

 

 

よるは温かかった。

 

 

 

小さくよるは笑って

 

 

「あったかいね、しろ」

 

って言った。

 

 

「うん。よるも温かいから、ボクたちは幸せなんだ」

 

 

ボクも笑った。

 

 

 

 

 

 

 

にゃー。

 

 

 

一声鳴いて、よるは言う。

 

 

 

「ごめんね、しろ」

 

 

「うん?」

 

 

 

 

それきり、本当に。

 

 

 

よるは、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「よる…冷たいよ?」

 

 

「なんで?しあわせじゃなくなっちゃったの?」

 

 

「ねぇ、よる?」

 

 

 

 

 

はらりはらりと、雪が降って。

 

 

 

 

よるは、答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

よるは、いろいろ教えてくれた。

 

 

 

名前も、あたたかさも、しあわせも、みんな。

 

 

 

 

でも、よるは冷たくなってしまった。

 

 

 

 

雪が降っても、積もらない。

 

 

ぽっかり穴が空いたよう。

 

 

 

ねぇ、よる?

 

 

寒いんだ。冷たいんだ。しあわせじゃないんだ。

 

 

 

これは、なに?

 

 

 

 

まだ、ボクは何も知らない。

 

 

 

だから、よるが必要だったのに。

 

 

よるが居れば、しあわせだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

何も知らない、しろいねこ。

 

 

名前は、しろ。

 

 

 

隣の猫は、よる。

 

 

夜みたいに黒いから、よる。

 

 

 

 

失って、初めて涙を流しました。

 

 

それが何だかしりません。

 

 

それは、寂しいのだと、わかりません。

 

 

 

冷たくて、寒くて。

 

 

 

 

にゃー。

 

 

と、一声。

 

 

泣きました。

 

 

 

 

たったひとりの、しろいねこ。





おしまい。





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