うそのつきかた

愛の囁き方


 それは春先のできごと。イクサに巻き込まれて焼け野原になった村で死体漁りをしていた時の話だ。


 崩れた家の、用事の終わった暖炉の中からソレを見つけた。


 歳は三つか四つか。歩くことはできても上手に言葉を喋るにはまだ早いだろうニンゲンの幼子おさなごすすにまみれて咳き込んでいる。


 指先で摘まみ上げる。骨までやわらかそうだったが、もう腹は膨れてしまったので食う気も起きない。とはいえ犬や鳥どもにくれてやるには勿体無くて、どうせなら少し太らせるのも悪くないな、と寝ぐらに持ち帰ったのが始まりだ。





 ――知る者はもういない。なにせ先刻滅んでしまった村の言い伝えだったからだ。


 



 ◇


 なんということだろう! ニンゲンを太らせるということは、こんなにも難しいのか!


 寒さに弱い。暑さに弱い。転べば怪我をし涙を流す。これでは野原に生えた花の方がよっぽど強い。連中は土に植わり、水と光さえあれば勝手に育つというのに。


「あのね、ご本、読んでください」


 加えてだ。コイツがそうなのかニンゲンがそうなのか知らないが、エサと水では飽き足らず、そんなモノさえ欲しがる始末。


 おれの餌が身に付けていた鞄に一冊だけあった本を、仕方なく読んでやったのがいけなかった。


 一冊の中に四つの話。毎日ひとつを寝る前に読むから一週間に三つの話を二回ずつと、週の終わりに最後の一つを一回読む。


 最後の話をことさらコイツはお気に入りで、けれどもおれは気に食わない。


 


 しかもコイツは、最初は面白がっていたくせに、何べんも聞かせるうちにだんだんと不機嫌になっていき、しまいには「こんなのはだめ!」と泣き出した。


 ……寝ぐらの入り口から見下ろすコイツの村が焼け野原から、ただの野原になろうかというくらいに起きた出来事だ。もう本の内容なんざすっかり覚えてしまい、ソラで読めるほどに付き合わされたある夜の話。


「こんなのは間違っているもの!」


「何も間違っちゃあいないだろうよ。おれはみにくい悪魔で、ヒトを食う」


「いいえ、いいえ! あなたはわたしを食べていないもの!」


「……だったらさっさと太れ」


 さんざん喚き散らした挙句に、こいつは話のオチを訂正させにきやがった。


「いいですか、このお話はこうして、終わるんです」


 作家の才はないだろう、と思った。


 おれにとって更に気に食わない話になったそれは、週に一回だけ。


「ばかな娘だ。その目が見えていたのなら、オマエは同じように怯えただろう」


「ええ、残念です。あなたのお顔が見れないことは」


 ――そうすれば、他の連中と同じように、泣き叫ぶ喉笛を食い千切って飲み込んでやれたのに。


 魚の小骨が喉につっかえるように、心地が悪い。



 ◇


 寝ぐらの入り口から見下ろすコイツの村が、花畑になってしまった頃の話だ。


「本当に、ニンゲンは弱い」


 ごめんなさい、と咳き込むコイツを看るのも、あまりに頻繁に病にかかるのでもうすっかり馴れてしまった。


 だからだろう。あの日、気まぐれで拾ったニンゲンの幼子おさなごは美しい娘へと育っていた。


 やわらかそうな――触れれば裂けてしまいそうな肉を前にしても、すっかり食欲が湧かない。


 熱を測るために指を額に乗せると、求めるように両手が上がった。


「だんなさまのおてては、おっきい、です」


 ぎしり、と削れた角が軋む音を聞いた。


「何がだんなさま、だ。オマエ、もう良い年頃だろう。病が去ったら、此処を出ろ」


 いやです、と咳き込むように笑う。


「……ご本を、読んでください。きょうは、七日目、ですよね?」


 またソレか。


 すっかり口に馴染んだ、誰かの物語を読んで聞かせる。


「わたしは、そのお話を、嘘にしたくないので」


「残念だったな、愚かなニンゲン。オマエは何も知らないのだろうよ」


「知っています。だんなさまが、もう何年も人を食べていないことは」


「ここにご馳走が寝ているからな」


「蔓を編んで、長い長いロープを作ったことも。器用なお指。そんなにおっきいのに」


「オマエを縛って煮るためさ」


「わたしが病に罹るたびに、その立派な角を削ってお薬にしてくれたことも」


「オマエがでかくなったから、角が小さくなったと勘違いしただけだ」


「だんなさまはうそつきなのも、知っています」


「おれは本当のことしか言わないよ」


 もう眠れ、ばかな娘。オマエは本当に、なにも知らない。


 さえ、考えたこともないのだろう。


「拾ったのが間違いだった。おれはオマエが嫌いでたまらない」


「はい。ありがとうございます、愛しい愛しい、だんなさま」




 ――ひとの幸福を、願ってしまったのだ。朝を待たずに、この身は灰になるのだろう。


 どうかこの娘が、この狭い穴を出て、きつく編んだけれど、ロープがちぎれず、きちんと下界したへ、降りれますように。


 二度と光を覚えぬその瞳にも、あたたかな優しさが注ぎますように。



 ◇


『お山の崖に空いた穴の中には悪魔が棲んでいる。人をさらい肉を喰らうその悪魔は、とても大きなからだと角と翼を持っていて、その声は夜に吹く木枯らしのようだった。人々は悪魔を恐れ、崖には決して近づかない/』


『/――――――気まぐれで拾った娘は言いました。わたしをお嫁さんにしてください、と。悪魔は娘を花嫁にして、ずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』


 ◇


 ――鳥のさえずりに目を覚ます。熱はすっかり引いていて、だけどおはようの声が返ってこない。


 求めるように両手を伸ばす。いつでも悪魔が座っていた場所には、触れれば崩れる灰の山。


 大きな腕の、大きな左腕のあった場所には、花冠が転がっていて。


 たわむれにせがみ、枯れる度に新しいものをねだった、自分の薬指に編まれた花の指輪と対になっていたことを知る。


 悪魔の花嫁は、光を失った瞳から涙をこぼす。


 舞い上がった遺灰が、頬が濡れるのをいとうように、涙を吸って、はらりと落ちた。



 /うそかた

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