三章

「ただいまー」

 私が帰るといつも通り彼岸が出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ」

 この子はわざとやっているのだろうか。

「お嬢様は?」

「……お帰りなさいませ、お嬢様」

「よろしい」

 多分わざとでは無いだろう。

「晩御飯は?」

「出来てます」

「じゃあ私は着替えてくるから準備しておいて」

「はい」

 ここまで言いなりでもあまり面白くなくなって来た。


「うん。今日も美味しかったわ」

「ありがとうございます」

「私はこれから宿題するから」

「頑張ってください」

「ありがとう。あ、今晩もよろしくね」

「はい……」


 私は宿題を終わらせお風呂に入っていた。

 最近、学校で私への虐めが流行っているらしい。なんでも私が教師陣に媚を売っているだとか。やりたくてやっている訳では無いのだ。

 松永の方も進展が無いようだし。あいつは本当に何をやっているのだ。


 お風呂から上がると久しぶりに母を見た。

「あ、お母さんお帰り」

「ああ。あいつはちゃんとやっていたか?」

「うん。ちゃんと御飯も美味しいの作ってくれたし」

「ふーん」

 母は急ぎ足で私の部屋へ向かう。

 ガラッ

 と、勢い良く私の部屋の扉を開け、押入れに近づき開ける。

「あんたあの子に無理やり言わせて無いでしょうね」

 母は彼岸に対しては冷たい。同じ居候なのに。家系が違うからかな?

 彼岸は首を立てに振っている。

 母がこちらを向く。

「どうなの」

「大丈夫だよ。私がその子に使われる訳無いじゃん」

 私は諭す様に言う。

「それもそうね」

 納得してくれたみたいだ。

 母は部屋から出て行く。

「まったく。お母さんも最初から私に聞けば良いのに」

 なんだか久しぶりに彼岸が慌ててるのを見た気がする。中々良かった。

「まあでも、いつものはちゃんとよろしくね。そう言えば洗い物の途中じゃないの?」

 彼岸が部屋から出て行く。


「どいつもこいつも!」

 そう言いながら私は彼岸を蹴る。

「私だって苦労してんのよ!」

 また蹴る。

「私があいつらに媚売ってるって!」

 蹴る。

「誰があんな奴等に!」

 大嫌いだ。

「もう皆、死んじゃえ」


 松永からメールが届いた。どうやらようやく本人が彼女と接触したらしい。

 帰ったら楽しみだ。


「ただいまー」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「うん」

 家に帰るといつも通り彼岸が出迎えてくれる。雰囲気もいつも通りだ。松永は何をしているのだ。

「貴方、晩御飯は?」

「実は、今日帰りが少し遅くなってしまいまして、帰って来たらお兄さんにさっさと帰って来ないから晩御飯が無いと言われまして、罰として今日は晩御飯抜きなんです」

 あの馬鹿兄め。私の彼岸になんて事してくれるのだろう。

「ふーん。私の晩御飯はある?」

 私が言うと彼女は私の分であろう御飯を見せてくる。

「じゃあ、それを持って部屋に来て」

 歩き出すと後ろから彼岸がついてくる。

 部屋に着くと私は着替えながら、

「御飯はそこら辺に置いておいて」

 と、指示をする。

「頂きます」

 着替えた後、私は御飯を食べるあいさつをする。

 私はお米が乾いたりしないように被せてあった蓋に、お米やおかずを盛る。

「あの、何をしているんですか?」

「ん? ああ、貴方の分をよそってるの」

「でも私……」

「別に黙っていればあいつだって気が付かないでしょう」

「でも……」

「良いから良いから。私だって夜に倒れられても困るし」

 どうせ倒れるまでやると思うけど。

「そ、それでは」

 彼女はおずおずと手を出すが、

「ちょっと待って」

 と、私は彼女を呼び止め、彼女の後ろに回る。

「普通に食べても面白くないからこれ付けて食べてね」

 私は彼女の両腕を取り後ろに回し、持っていたネクタイで縛る。更に両足も他のネクタイで縛る。

「はい。これで頑張ってねー」

 彼女の前に戻り、見つめる。が、食べようとしない。

「……あのそんなに見られても困るんですが」

 そんな事を気にしていたのか。

「私の事は気にしないで良いから食べて食べて」

 言うと彼女は芋虫の様な体制になる。

 私は楽しみにしていた。が、私の考えとは反対に、周りを汚したりせずに食べる。

「ねえねえ。どうしてそんなにも普通に食べられるの? 普通だったらもっと口元とか汚しながら無様に食べるんじゃないの?」

「昔、同じ様な事をやらされたのか、何となく出来るんです」

 がっかりした。他に何か良いものはないのか……。

「あ!」

 私は思いつき、クローゼットをあさり彼女の後ろに回る。

「あの……」

 彼岸が何か言おうとするが私はそれを無視して彼女の目元にもネクタイを巻く。

「今度はこれで食べてみてね」

「目隠しされたままだと流石に」

「大丈夫。私が目の前まで持っていってあげるから」

 もちろん嘘だ。

「ほら、口開けて。あーん」

 言いながら携帯を操作しカメラを起動する。

 彼女は渋々といった感じだが口を開ける。

 私はその光景を少し楽しみ、シャッターを切る。

「あの……」

「ん? どうしたの?」

 流石に写真を撮られた事に何かあるのだろうか。

「御飯は……」

 写真については触れないのか。

「そんなに食べたい?」

「いえ、別に」

「むー。そこは冗談でも食べたいって言う所でしょ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。もう良いわよ。良い写真も撮れたし」

 彼女の拘束を解く。

「さっさと食べちゃいましょうか」

「はい」


「お粗末様でした」

「それでは片付けてきます」

 彼岸が食器を持って部屋を出る。

 さて、これからどうしようかと考えていると、彼岸が慌てて帰って来た。

 どうしたものかと思ったが、すぐに押入れに閉じこもってしまった。

 部屋の外を見てみると母が帰って来ていた。

 私は事態を察し携帯のカメラを起動しながら押入れに向かう。

 一呼吸置き押入れを一気に開ける。

「驚いたー?」

 彼女に問うが反応は無い。

「えい」

 写真を撮る。

「あ、あの」

 彼女の言葉を無視して私は今撮った写真を彼女に見せる。

「珍しいわね。貴方が泣くなんて」

 彼女は目元の涙を拭う。

「あ、あれ……」

「泣いた顔も良いわねー」

「そんな事を言われても」

「そう言えば私が虐めている時は何で泣かないの?」

「慣れてしまったので」

「ふーん。まあ、今夜もよろしくねー」

 私は押入れを閉めた。


 彼女が泣くのはなんだかんだ言って初めて見た気がする。

 私は彼女をもっと泣かしてみたいと思った。

 松永の方はどうなるのだろうか。接触したとはいえ、そのまま発展はするのだろうか。心配だ。


 朝になるいつも通り朝御飯と昼御飯の分であるお弁当が置いてある。いつもありがたい。

 さあ、今日も憂鬱な一日の始まりだ。


 夕方、今日もいつも通り鞄を捨てられた。

 いい加減面倒になってきた。

 帰り道、校門の所にいつぞやのジャーナリストが立っていた。

「何しているの」

 私は彼に声を掛ける。

「色々調べさせてもらった」

「色々?」

「君が何で夜道に倒れていたか」

「ただ疲れが溜まっていて倒れてただけよ」

「正確には君が虐められていたと言う事」

「……」

 この男は中々に面倒だ。

「それで、私にどうしろと?」

「君に協力して欲しい」

「……は?」

「だから君に」

「いや、そうじゃなくて」

 この男は本当に何なのだ。

「何を協力しろって言うのよ」

「君を虐めていた子達を虐める」

 意味が分からなかった。

「何でそんな事をするの?」

「俺も昔、虐められる側だったから」

「それで?」

「何より君が娘に似ているから」

「は?」

 予想外の回答に戸惑った。

「だから手伝って欲しい」

「ちょっと待って」

「何だ?」

「貴方って結婚してたの?」

「そんな事か」

「そんな事って、奥さんと娘さんは?」

「昔離婚して娘はあっちに付いて行った」

「何で」

「さあ? まあとりあえず手伝ってくれるね」

 釈然としないが、

「虐めるって言ったってどうするのよ」

「簡単な事だ。君が虐められている所に俺が行って成敗する」

「成敗って相手が言いふらしたらあんた捕まるわよ」

「大丈夫。口封じはするから」

「口封じ?」

「これでも死地には色々行ってるからね」

「でも」

「目には目を歯には歯を、だよ」

「キリストは右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさいって言ってるわよ」

「今の時代、そんな事していたら死んでしまうよ。それとも君はキリスト教の人間かい?」

 彼はおどけるように言う。

「別に知識としてあるだけよ」

 もう面倒になってきた。

「分かったわよ。それで作戦は?」

「君はいつも通り生活してれば良いよ。こっちの方で準備しておくから」

「分かったわ」

「あ、もし他であったら他人の振りをしてね」

「何で」

「その方がやりやすいから」

「そう」

「じゃあよろしく頼むよ」

 そう言って彼は何かを手渡してくる。名刺のようだ。

「それ俺の電話番号とメールアドレスね。何かあったら連絡して」

「多分大丈夫だけどね」

「もしかしたら殺されるかもよ」

「あいつ等にそんな勇気は無いわよ」

「そうかもね」

 私は鞄から携帯を取り出し彼のメールアドレスに送る。

「一応贈っておいたから」

「何を?」

「こっちの番号とアドレス」

「そっか。ありがとう」

「私は帰るから」

「送ろうか?」

「別にいいわよ」

 帰路に付く。

 松永からメールが来ていた。彼岸と関わった事が書いてあった。中々順調のようだ。


「ただいまー」

 家の扉を開けると彼岸が寄ってくる。

「今日良い事でもあった?」

 私は聞いてみた。

「何でですか?」

「何か良い顔してるから」

 彼岸にこんな顔をさせるなんて、松永に妬いてしまう。

「気のせいですよ」

「いや、いつもと何かが違うもん」

「そんな事は無いと思いますが」

 何か面倒臭い。

「まあ良いや。着替えて来るから御飯よろしく」

「はい」

 彼岸の様子を見る限り松永は上手くやっているようだ。


「最近面白く無い」

 夜、いつも通り彼岸を虐めていた時、うっかり呟いてしまった。

「何がですか」

 しっかり聞かれたようだ。

「最近貴方の目が変わった気がして」

 嘘はついていない。

「そうですか?」

「うん。目に光が宿ってる? って言うのかな?」

 松永が彼岸を活き活きさせていると思うとこれも虫唾が走る。

「私にはよく分かりません」

「まあ今日はもう良いや。戻って良いよ」

「はい」


 私はいつも通り虐められていた。場所は橋の下の人目につき辛い所。

 しかも今日は男まで連れてきた。

 流石に男と女じゃ蹴られた時の痛みが違う。正直いつもより辛い。

 相手は男女三人ずつ。終わるまで長そうだ。

「こいつの事好きに使って良いよ」

 一人の女子が言う。

「それじゃあ、いっちょやるか」

 男三人が近づいてくる。

 私に抵抗する気力は無い。

 死なないだけましか。

 パン

 突然軽い音がする。

 すると、男の内の一人が倒れる。

 背中から血を流している。

「キ、キャー!」

 女子が叫ぶ。うるさい。

「誰だやりやがったの!」

「はーい。俺でーす」

 声の方に顔を向けるとジャーナリストが立っていた。笑顔で。

「お前何やりやがった!」

「これで撃っただけだよ」

 彼はそう言って手に持っている物を皆に見えるようにする。

 彼は拳銃を持っていた。銃刀法違反じゃないか。

「お前ヤクザか何かかよ」

 明らかに怖気づいている。当たり前か。

「ヤクザではないよ」

「う、うわー!」

 と、喋ってない方の男が突進する。何と無謀な。

 パン

 その音と共に男は倒れた。

 女子達は足腰が立たないようで密集して座り込んでいる。男の方も動けないようだ。

「君達もう少し楽しませてくれよ」

 拳銃を構える。

 パン

 最後の男も倒れる。

「つまらなかったなー」

 彼はそう言い近づいてくる。

「その子を好きにして良いから私達だけは!」

 女子達は叫んでる。男達の事はもう良いのか。

「そっか。じゃあ好きにするね」

 彼は私の前に立つ。銃口はこちらを向いている。

「大丈夫?」

「大丈夫に見える?」

 女子達は未だに座り込んでいる。逃げないのか。

「君にはやってもらいたい事がある」

「断った場合は?」

「君達全員を殺す」

 女子達が息を呑むのが見えた。断ったら本当に殺されそうだ。

「分かったわ。何をすれば良い?」

 彼はこちらにナイフを差し出し、

「あの女達を殺せ」

「……は?」

 彼は私にナイフを握らせてくる。

「こっちに来い」

 彼は女子達に向けて言う。彼女達は動こうとしない。

「早く!」

 彼が叫ぶと彼女達は早足に来る。

「そこで寝て」

 彼女達は彼の言いなりだった。

「はい、後は君がやれば良いだけだよ」

 彼がこちらを向いて言う。

 私は立ち上がり、一人の女子に近づき上に跨る。

「あんた嘘よね。私達友達じゃない」

 友達って何だっけ?

 私は彼女の喉にナイフを刺す。迷いはなかった。

 血が噴出し服に掛かる。帰りが大変だ。

「もういやー!」

 隣で寝ていた女子が立ち上がり逃げようとする。

「うるさいなー」

 彼は彼女の足を掴みもう一本ナイフを取り出し足の健を切った。

 彼女は口をパクパクするだけで声を出さない。出ないのか。

 丁度、匍匐前進の形になっている彼女の上に座り、顎を持ち上げ喉を切る。

 最後の女子は何かを呟いていた。

 近づいて聞いてみると。

「お母さん……お父さん……」

 と、泣きながら繰り返していた。

 私は彼女の上に跨る。そしてナイフを振りかぶり、喉に刺す。

 彼女は何も言わなくなった。

 辺りが静かになる。

「どうだった、人を殺した感想は」

 彼は尋ねてくる。

「どうしてこんな事させたの」

「目には目を、だよ」

「明らかにやりすぎでしょ」

「でも、今君は笑ってるよ」

 私は笑っていた。あの時の殺人鬼と同じ様に。

「当たり前でしょ。こんなにも清々しい事は無いわ」

「そうだね」

「それにしてもどうしてくれるの。服がこんなんじゃ帰れないわよ」

「それなら大丈夫。ちゃんと着替えは持って来てるから」

 彼はそう言って制服を差し出してくる。

「着替えるから見ないでよ」

「後始末するから見ないよ」

 私はさっさと着替えを済まし帰る支度をする。

 彼は動かなくなった六人の喉を切って行っていた。保険だろうか。

「終わったわよ」

「こっちも丁度」

「これからどうするの?」

「いつも通り暮らして行くさ」

「酷い人ね」

「君だって同じだろ」

「それもそうね」

「今日は帰ってゆっくりお休み」

「そう言えば、初めて会った日からずっと左手に包帯巻いてるけど、どうしたの?」

 私は男の左手を指差し尋ねる。

 少し間が空き、

「昔から怪我をしやすいんだ。あの日も料理中にうっかりやっちゃったりしてね」

 何か誤魔化している様だった。

「まあ、良いか。それじゃあね」

 私は帰路に付く。松永からメールが来ていたようだ。確認すると、

 彼岸と付き合えたようだ。

 今日はなんて良い日なんだろう。


 あの日から松永からは彼岸とデートした時の写真が送られてきた。私の携帯の画像フォルダは彼岸で埋まっていった。

 朝のニュースではあの六人についてやっていた。行方不明らしい。

 私の人生は最高だ。ここまで満たされたのは初めてだ。

 松永の事は気に食わなかったが、彼がいなければここまで満たされなかったはずだ。

 しかし、そろそろ飽きてきた。

 だから私は今日、松永に

 壊すように

 命じた。彼は上手くやってくれるだろうか。


 放課後清々しい気分で帰路に付く。今日も陰湿な悪戯はあったが、そんな物は気にならない位私は松永の返事を待っていた。

 制服の上着に入れておいた携帯が震える。私はすぐに取り出し確認する。

 松永だ。

 松永は上手くいった様で添付された写真には全てに絶望したような顔の彼岸が写っていた。

 私はとても嬉しくなった。家での彼岸の反応が楽しみだ。


「ただいまー」

 いつもの様に家の扉を開けるが彼岸が出てこない。少し寂しいがどうせ押入れにでも引き篭もっているのだろう。

 私は自分の部屋に向かう。と、道中不自然な事に気がつく。

 兄の部屋の扉が開いている。

 トイレに行くにしても兄の事だ、中を見られない様に閉めるはずだ。

 私は中を覗く。

「あら彼岸、そんな所に立ってどうしたの?」

 彼女の手にはいつも彼女が料理で使う包丁が握られ、彼女の前には兄が倒れていた。

「……彼岸。貴方がそれをやったの?」

 彼女は答えない。

「まあそいつはどうでも良いけどね。どうしてそんな事をしたの?」

 彼女が振り返る。

 彼女は微笑んでいた。まるで全てを楽しんでいるかの様に、私に見せた事の無い顔で。

「彼岸、その包丁を渡しなさい」

 私は身の安全を確保する為に言う。

 彼女は近づいてくる。

「そう。そのまま頂戴」

 彼岸は手を伸ばし、

 刺す。

「え?」

 何でどうして私の彼岸がこんな事を何で何で何でなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデ。


 周りが燃えている。

 おそらく彼岸が火を付けたのだろう。

 刺された所から血が溢れるのが分かる。

 体が燃えているのが分かる。

 私は立ち上がり歩く。

 何かに躓き転ぶ足元を見ると携帯の様だ。

 何もかも消えてしまった。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 何所で間違えたのだろう。

 何所で踏み間違えたのだろう。

 何所で、

 私は壊れたのだろう。

 ああ、もう私の身体は持たないみたいだ。

 このまま死ぬのだろうか。

 彼岸。

 私の彼岸。


 あいしてる

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好文木 桜 導仮 @touka319

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