二章
「今日もお帰りは遅いのですか?」
あの日から事ある毎に先生の手伝いをさせられて帰りが遅くなっていた。
彼岸が来てから結構経つのに一行に彼女の口調は変わらない。
「うん。何だったら先に御飯食べてても良いから」
「ですが、御飯は一緒に食べると約束しましたので」
私はあの日から彼女と約束を取り付けていた。一緒に御飯を食べるや一緒にお風呂に入る等々。
「あんまり無理しないで良いのよ?」
「別に無理と言うほどの事は無いので大丈夫です」
「そっか」
私は立ち上がり玄関の扉を開ける。
「それじゃあ、行って来ます」
「行ってらっしゃいませ」
放課後になり私は教室を出る。
今日は担任が先に何かあるようで時間が出来た。それでも、後でと言われている。
私は折角なので彼岸から借りた本を読む事にした。
その為に図書室に向かった。
中々面白かった。オチもちゃんとついていて良い話しだった。
時計を見てみると四時半。担任には五時に職員室に来て欲しいと言われている。図書室は五時にしまるので丁度良い。
私はふと気になって彼岸花について調べてみようと思った。
図書室の中を回り植物図鑑を手に取る。携帯で検索を掛けた方が早いがたまには良いだろう。
ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。
……まあ、植物図鑑だしそれぐらいか。痣の事とか書いてないよね。
「あの」
後ろから声を掛けられる。
「何でしょうか?」
私は振り返りながら応える。声の主は図書室の番をしていた生徒だ。
「もう閉館の時間なので」
時計を見ると五時まで後二、三分位だ。
「あら、ごめんなさいね」
植物図鑑を棚に戻し私は図書室を後にする。
「本当に気に食わない」
私は担任の手伝いをした後、帰り道にてうちの学校の女子生数人に襲われていた。 制服な所を見る限り待ち伏せしていたらしい。
「何でいつもあんたばかり」
そう言いながら蹴ってくる。迷惑な事に腹部ばかり狙ってくる。
「ねえ、そろそろ飽きてきたんだけど」
女子の一人が言う。
「そうね。金も全然持ってないし」
また蹴ってくる。
「それじゃあ気をつけて帰ってね、篭目さん」
女子達は帰っていく。
……お前等の方が危険だろ。
私は力を振り絞りそこら辺に転がっている荷物から携帯を探す。
時間は七時半か。母からは今日は帰れないとメールが来ていた。
幸い、今日は金曜日。明日学校は休み。ゆっくりしよう。
疲れのせいで起き上がるのもままなら無い。
私はこのまま死んでしまうのか。死ぬなら最後に、彼岸に会いたかった。
私は意識を手放した。
目が覚めると見知らぬ天井があった。
周りを見渡すと玄関やコンロが見える所、おそらく何処かのアパートか何かなのだろう。
部屋は何かの書類や本が散らかっている。
ここは何所だろうか?
私は自分の状態を確認する。
ちゃんと服は着ているし、何かで繋がれている訳ではなさそうだ。
玄関が開く音がする。この家の人が帰って来たのか。私は狸寝入りする。
「ただいまーっと」
声は男、ただいまといっていると言う事はこの家の人であることは間違いないようだ。
「ありゃ、まだ起きてないか」
男の声が近くでする。
「どーしたもんかねー」
冷蔵庫が開く音がするとおそらくレジ袋の中から何かを取り出し冷蔵庫に入れる音がする。
私はその隙にこっそり起き上がり彼の後ろに立ち、言う。
「動かないで」
彼が止まる。
「振り向いたらカッターで刺しますから」
もちろん嘘だが、こう言っておけば相手がその手のプロでは無い限り大丈夫だろう。
「まず、貴方の自己紹介、ここはどこか、私に何をしたか答えなさい」
とりあえず相手の情報から手に入れることにした。彼は以外にもスラスラと答える。
「俺の名前は狐、フリーのジャーナリスト。ここは俺の自室件仕事部屋。君には何もして無いよ」
「じゃあ何故私をここに連れてきたの?」
「いやー夜道を歩いていたら女の子が倒れてたから介護してあげようかと」
「警察にでも頼べば良いでしょ」
「ジャーナリストとしては夜道で倒れていた子に何があったか聞きたくなっちゃって」
私はあきれた。しかし、この男はある程度大丈夫だと思った。
「そう、貴方にはもう用は無いわ。さようなら」
私がそう言うと彼は素早く立ち上がり振りかえる。
「は?」
私が唖然としていると彼は私の手を取り捻り後ろに回す。
「あれ? 何も持ってない?」
彼が軽い口調で言う。
「あ、ごめん」
そう言うと掴んでいた私の手を離す。
「いきなり何するのよ」
私は講義する。
「いきなり仕掛けて来たのはそっちじゃないか」
「でも、何も捻る事は無いでしょ」
「本当にカッターを持っていたら一たまりも無いからね」
「……」
「……」
「このままじゃ埒が明かないわね」
「お腹も空いたし御飯にしようか」
私は素直に従う事にした。人は見かけによらないとは良く言ったものだ。
「で、君は何で夜道に倒れていたんだい?」
「別に貴方には関係無いでしょ」
「ジャーナリストとしては聞いておきたいんだけどな」
「嫌よ」
私達は彼が買って来たコンビニのお弁当を食べながら話していた。
「そう言えば、君は家の人に連絡とかしなくて良いの?」
私はそう言われてハッとする。
鞄から携帯を取り出し家に連絡をする。
その間、彼はニヤニヤしながらこちらを見てくる。実に面倒な男だ。
『梅宮ですが』
電話が繋がると彼岸の声が聞こえる。
「彼岸ね。篭目だけど」
彼が反応する。彼岸の事を知っているのだろうか?
『篭目さんですか。昨日は大丈夫でしたか?』
「ええ。優しく見えて優しく無い人に助けてもらったわ」
『……大丈夫なんですか、それ?』
「まあ今の所はね」
『それならある程度安心しました。今日は帰って来ますか?』
「うん。今日はちゃんと帰らないと。彼岸に会いたいし」
『そうですか。昨日の余り物になりますが御飯を用意して待ってます』
「よろしくね」
『はい。それでは失礼します』
「じゃあね」
電話を切る。
「どうだった?」
彼が聞いてくる。
「別に貴方に話す事は無い」
「冷たいね」
「逆に貴方に質問したいのだけど」
「やだ」
「何でよ」
「こっちの質問に答えて貰って無いから」
「何で貴方は彼岸に反応したの?」
彼は黙る。
「何か彼岸について知ってるの?」
「彼岸と言うのは春分、秋分を中日とし――」
「そんな事を聞いているんじゃないの。彼岸って言う女の子の事」
「知っていると言えば知ってるし、知らないと言えば知らない」
中々に強情だ。私もだが。
そこで私は一捻り加えてみた。
「貴方、ジャーナリストよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、彼岸花型の痣って知ってる?」
「……」
「黙るって事は知っているのね」
「……」
「分かったわ。後で私の喋れる範囲なら話すから、それだけは教えて」
彼は一呼吸置き、話し始める。
「昔、この地域には何人かの金持ちがいた。彼等はその辺にいた人達を捕まえ、オークションをしていた。」
「オークションって人身売買してたの?」
彼は頷く。
「そして買い取った人達は奴隷にされていった。その時にこの地域では焼印を押す事になっていた。その時の一つが彼岸花の形らしい」
「それだけなの? それだけなら何所にでもありそうだけど」
「とある主人は左手の甲にだけ焼印を押していったらしい」
「何か意味があるの?」
「さあ?」
「ここまでだとありがちな話だけど?」
「一応続きはあるけど聞く?」
「それはもちろん」
「その後、彼岸花の焼印の家が燃えた」
「燃えた?」
「どうやら奴隷達が反乱を起こしたらしい」
「ありがちね」
「自分の身体を燃やして」
「え?」
「そこの奴隷達は他の奴隷を逃がす為に次々と自分の身体を燃やし、家を潰していった」
「……」
「その後は平和だった。彼岸花の痣は英雄の象徴として崇められた。が、彼岸花の痣を持つ親からは同じ痣を持った子が生まれてきた。最初は良かったが、その痣を持つ者が次々に燃えていった。原因は自分から火に飛び込んだり何かの拍子に火が移ったりと様々だった。周りの人は次第に気味悪がり痣を持つ者を遠ざけた。今でもその痣を持つ者がいるとか」
私は考えふと、思う所があった。
「何でそんなにも凄い話なのに広まってないの?」
「一応、この町のお年よりは知っていると思うよ。ただ、他の町から来た人は知らないだろうね。昔からこの町に住んでいた人達は気味悪がって他の町に行ったりしてるから、あまり広まらなくなっていると思う」
「そっか……」
沈黙。彼岸の痣はこの話と関係あるのだろうか。
痺れを切らし彼が喋る。
「それじゃあ今度は僕の質問に答えてもらおう!」
少し暗くなったこの場の雰囲気を明るくしようとしているのか、テンションを上げて喋っている。
「私そろそろ帰ります」
「え」
「私の喋れる事は何も無いので」
「ちょっと」
「それでは失礼します」
「待ってよ」
私は彼の事を無視して荷物を持ち外に出る。幸い道は知っている所だった。
「おーい」
後ろから男の声がする。追いかけて来ないと言う事は諦めているのだろうか。
そう言えば、あの人、左手に包帯巻いてたな。
「ただいま」
家に着くと彼岸が出てくる。
「大丈夫でしたか?」
「うん。大丈夫」
「なら良かったです」
「これから宿題終わらせるからお風呂沸かしておいて」
「帰ったばかりなのに良いのですか?」
「うん」
「承知しました」
宿題が終わり私は考えていた。
彼岸花の痣が奴隷の証なら、彼女は奴隷の末裔なのだろうか。
奴隷か……。
私は良い事を思いついた。
「あの、それは?」
彼岸が私に聞いてくる。
「折角だから記念に写真を撮ろうと思って」
私は彼女に携帯を向ける。
「ですがここでは」
「別に気にしないで。どこかに上げる訳じゃ無いんだから」
「でもお風呂場では携帯が壊れてしまうかもしれませんし」
「大丈夫。これ防水加工されてるから」
「そう……ですか」
「あ、後言い忘れてたけど貴方、今日から私の奴隷ね」
「は?」
「だから貴方に拒否権なんて無いの」
そう言い私は写真を撮る。中々に画質は良い。
「えっと、奴隷とは?」
「ん? 貴方は私に絶対服従なの。良いわね?」
写真を撮る。
「いえ、その困ります」
「貴方が困ろうと私が良ければそれで良いの」
写真を撮る
「あの、いい加減――」
「あ、後今度から私の事はお嬢様って言ってね」
「えっと」
「後ね――」
その後私は写真を撮りながら彼岸に命令をしていった。
あれからは彼岸は私の言いなりだった。家に帰れば御飯を作らせお風呂を沸かさせ、失態を起こせば罰を与えた。その度に写真を撮った。罰を与えると言っても体罰はしなかった。彼女の綺麗な肌に傷を付けたくなかった。
写真を見返し思った事がある。彼女の笑顔の写真が無い。基本無表情だが恥らった顔や困った顔、悲しそうな顔などはある。しかし笑顔が無い。どうせなら彼女の笑顔が見たい。だが、私には彼女を笑顔にする方法が思いつかない。そこでもう一つ気がつく。
彼女が傷ついた顔も無い。
「ずっと好きでした! 付き合ってください!」
私は学校の帰り道、今日は担任が休みなので帰路に着いたとたんこれだ。
「えーと、私は貴方の事を知らないんだけど?」
「ずっと影から見てました!」
ストーカーかな?
「あのね松永君、私は私の見ず知らずの人と付き合う趣味は無いの。ごめんね」
「そんな! 年下の俺じゃ駄目なんですか!」
「いや、そう言う事じゃなくて」
そこまで言って私は気がつく。
「貴方、学校はどこ?」
「へ? ――ですけど?」
やはり思った通り、彼岸と同じ学校だ。
「彼岸って子、知ってる?」
「まあ知ってますけどそれがどうかしましたか?」
私は良い事を思いついた。
「貴方に頼みたい事があるの」
「頼み事ですか?」
「そう。上手く出来たら付き合う事考えてあげる」
「本当ですか!」
「ええ」
付き合うとは言ってない。
「やります! 何でもやります!」
「それじゃあまず、彼岸と付き合ってちょうだい」
「は?」
彼は訳の分からないと言った顔をしている。
「それで――」
「ちょっと待ってください!」
「何よ」
「何で俺があいつと付き合わなきゃならないんですか!」
「私と付き合うため」
「そうですけど!」
「この条件が飲めないなら貴方に用はありません。さようなら」
「すみません! 分かりましたから!」
「付き合って彼女の写真を撮るのよ?」
「分かりましたから!」
上手くいった。これで彼岸の写真が増える。
「じゃあ、後は彼女を虐めて欲しいの」
「へ? 何でですか?」
「その方が貴方と付き合いやすくなるでしょ」
彼は首を傾げる。
「だから、彼女が虐められて貴方が助ければ惚れやすくなるでしょ」
「ああ、そう言う事ですか」
「貴方本人が虐めたら駄目よ」
「分かりました。他は無いんですか?」
「その後で彼女を振って欲しいの」
「付き合ったその日にですか?」
「違う。半年位付き合ってその後」
「そんなに付き合わなきゃいけないんですか?」
「上げて落とすなら、高い所からやった方が良いでしょ?」
「そうですか。あ、虐めるのはどうします? 精神的に虐めるのと肉体的に虐めるのどっちが良いですかね?」
「どっちもでよろしくね」
「なにげに酷いですね」
「貴方もでしょ」
「それもそうですね」
「これらの事をやってくれたら付き合ってあげる」
「分かりました!」
「メールアドレスは教えておくから写真はそこに送って」
「はい!」
こんなにも簡単に事が運んで嬉しいやら悲しいやら。
放課後、担任に荷物運びをさせられた。普通女子に運ばせるかね。
教室に鞄を取りに戻る。
私は女子生徒を無視して自分の席に向かう。
自分の席に着くが荷物が見当たらない。辺りを見渡すとゴミ箱に鞄が突っ込まれている。
私はゴミ箱に近づき鞄を持ち上げ、中身を確認する。どうやら私の物に間違いないみたいだ。
教室にいた生徒達がクスクスと笑っている。良く見ると金持ちの子ばかりが教室に残っている。
聞こえる様に笑っているのか。
私は無視して帰る。
私の反応に生徒達は笑うのを止める。
女子生徒達とすれ違う時一人の女子が、
「つまんねーの」
と、呟いた。
無視する。
鞄が捨てられたのは何回目だろうか。こんな事をする位なら面と向かって言えば良いのに。
「あ、あの」
教室を出てすぐに別の女子生徒に声を掛けられる。
「大丈夫ですか?」
彼女は心配そうな声を上げるが、口元が笑ってる。
「心配しなくても大丈夫よ」
私は作り笑顔で言う。
「そう……ですか」
彼女はそう言うと教室に入って行く。
教室の中からは笑い声が聞こえる。
玄関、靴を履き外に出る。すると、
バシャッ
と、頭から水を被る。
頭上を見上げると誰かが逃げるのが見えた。良く狙えたな。
「ただいま」
家に付くと彼岸が出て来た。
「大丈夫ですか?」
ずぶ濡れになった私を見て言う。
私はさっきの女子生徒を思い出しカッとなり、彼岸を叩いた。
彼女は思ってもいなっかたであろう攻撃に後ろに倒れる。
私は彼岸の隣に立ち彼女の脇腹を蹴る。
「何が大丈夫よ」
吐き捨てる様に言い、自分の部屋に向かう。
気持ちが良かった。単純に。ただただ気持ちが良かった。何となくいじめっ子の気分が分かった。
それから私は彼岸の事を叩いたり蹴るようになっていった。私に叩かれた後の彼岸を写真に収め、私は何かが満たされるのを感じていた。彼女も次第に反抗しなくなり、
「今夜もよろしくね」
と、言うと何も言わずただ叩かれてくれた。
松永の方もある程度はやっているようだ。たまにメールが来るがどれも女子の様な虐め方ばかりだった。彼岸の写真も無いし。そろそろ付き合って欲しいものだ。
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