止まっていた時間 2b
ゆったりと昇る湯気が太陽に照らされオレンジ色の輝きを放っている。その湯気の原因である紅茶を俺は右手でつかみ取ると行儀なんて無視して一気に飲みほした。
「なるほど、この紅茶うまいな」
一瞬、飲み干してしまったことに後悔して目を見開いた俺を見たのか、イブは口元を抑えてわらいをこらえている。
「そんな紅茶よりも前にあるパンケーキを食べればいいのに」
ほんわかといわれた言葉に俺は賛成しつつパンケーキにナイフを突き立てた。柔らかい生地が見る見るうちに裂けていきナイフが奥まで入り込んでいく。
「うおぉ、これはすごいな」
ごくごく自然におどろきを見せた俺。
それを見て「でしょ」と一言つぶやいたイブは行儀よく口元に紅茶を持っていく。
「ねぇ、ブレッド。私、最近怖い」
「怖いって何がだ?」
ゆっくりとおろされた紅茶が小さな波を打って振動している。
「死ぬのが、怖い・・・」
まるで自分の未来を知っているかのようにすべてを反射する視線が俺の瞳へと注がれる。
「私ね、ハバネロに挑んでも勝てる気がしないんだ。だって今まで誰も勝てなかったんだよ。できても封印が限界の化け物をどうして私たちが倒せると思うの?」
なんとも無機質に感じられるその言葉が俺の気持ちを一瞬迷わせた
。彼女は恐れているのだ。
いや、正確に言えば俺も恐れているのだ。自分が「死ぬ」という現実に・・・。しかし・・・
「あぁ、信じてる。というかそうしなければいけないんだ。未来を知っている俺だからこそ分かる。俺たち人類はしようと思えば空だって飛べて星々をまたにかけることだってできるんだぜ。でも、そんな状況で人類は奴に負けた。だからこそ・・・俺たちが倒さなきゃいけないんだ。俺たちが自分の命をはかりに乗せてでも奴に挑まなきゃいけないんだよ」
俺の言葉が久しぶりのイブとのおしゃべりを無言へと変えた
窓から差し込む月明かりが俺の影を青色のカーペットに伸ばす。
薄暗く輝くクリスタルが部屋の天井近くで浮遊している。
明日のことを思うと俺の全身から鳥肌が立つのがわかった。
どうやら俺は緊張しているらしい。
明日は世界が始まる日であるハバネロ討伐の日だ。
まぁ、俺たちが無事にハバネロ討伐を成功させればの話だが・・・。
(こんこん)
耳に飛び込んできたノック音に俺はベッドから跳ね起きた。
そして、ドアノブをひねる。
「ごめんね。こんな時間に」
そういいながら入ってきたのはイブだ。
クリスタルに照らされてピンク色のパジャマがよく似合うのが見て取れる。
「ぜんぜん構わないさ。俺もちょうど眠れないと思ってたところだしな」
そういいながら俺はベッドに腰かけた。
イブは目の前に浮かぶクリスタルを全開に光らせる。
「明日のことだけど・・・私、やっぱり不安なの・・・」
「不安って何がだ?」
「それが・・・私もよくわからないんだよね」
あっさりと笑顔を作ったイブ。
俺はとてつもない脱力感に襲われた。
「どういうことだ?」
首を傾ける俺にイブは一瞬笑顔を消すと小さな口をゆっくりと開き大きく深呼吸する。
「私ね。今、ものすごく胸騒ぎがするんだ」
「あぁ、それは俺も同じだよ」
するとイブは首を横に振る。
「いや、たぶん違うの。これは胸騒ぎなんかじゃない。これは・・・いやな予感っていう言葉が正しいんだと思う・・・」
その言葉に心臓が鼓動を速めていく気がする。
心のどこかで俺も同じ事を思っているようだ。
「それは・・・どういうことだ?」
おそるおそる訪ねてみる。
「ブレッドは信教神教会って知ってるよね?
あれ、実は私のいた時代にも残っているんだ」
おそらくイブがいた時代はこの時間軸よりも600年ほどはあとのはずである。
なぜなら今はジエイの国王が第3世までしか存在していないからだ。
しかし、
「俺のいた時間軸には信教神教会なんて存在していなかった・・・」
それどころか名前すら聞いたことがない。
ということは・・・、信教神教会は何者かによってつぶされた。
「あれだけの教会がつぶれるとしたら可能性的にはただ一つ、ハバネロとの全面衝突」
その言葉が鼓膜をなんども振動させた。
「信教神教会がつぶれることによって600年間進まなかった科学技術が俺の時代になって数千年であそこまで進んだ理由。それは・・・」
言葉が思いつかなかった。悲しいことだがその先の言葉を考えていなかったのだ。
「まず、科学技術の進歩が遅れる理由を考えてみて。この世界はすべて魂法が技術の代わりをしている。でも、君の時間軸では魂法が存在していなかった。つまり・・・」
「魂法がないから科学技術を上げる必要性があった!?」
思わずボリュームを上げる俺。
「そういうこと。でも、ブレッドの時代には信教神教会は存在していない。それはつまり魂法がつかえている理由は信教信教があるから、と考えるのがいいんじゃない?」
なるほど、確かにそう考えることが最もつじつまが合う。
「一体奴らは何者なんだ?」
「それは・・・さすがにわからないかな」
イブはゆっくりとつぶやいた。
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