第5話 水の香り

ひんやりと冷たい肌触り。

プ二プ二とうごめく謎の感触。

それが学を優しく包み込む。


体からは火照った熱が抜け落ちて、ゆっくりと冷やされていく感覚がした。

なにより、涼しく、快適で、気持ちが良い。

不快感は消え去り、気が楽になっていた。


無意識の内に謎のプ二プ二を掴む。

すると、手触りの良い弾力が学の手を支配した。

ポヨポヨと感じる無限の弾力。


そして、少年の肉体は一つの結論に至った。


中学生固有の妄想力が告げているのだ。

これはきっと、あーちゃんの太ももだと!(断定。

僕は今、生れてはじめて母さん以外の膝枕を堪能している!(確信。

感触の正体を確認したい! 素直に思った。


意識が・・・ 戻っていく。



プ二プ二ポヨヨン。

ポチャン! プ二プ二。

そんな擬音を感じながら目を開く。


そこに広がっていたのは、水中から空を見上げた光景。

透明度の高い水。 その中に学は包まれていた。


いや、厳密に言うと違う。

口や鼻以外の頭部と手足にプ二プ二とした弾力の水が絡みついていた。

それが学から熱を奪っていたのだ。


「起きたー? 学?」


えっへんとばかりにこちらに窺いを立てるあーちゃん。

格好は水着のままだ。 どうやら気に入ってくれたらしい。

期待した膝枕の状態でないのが残念だけど、ここは礼を述べておこう。


「君が助けてくれたの?」

「まあね、私の力の一端よ! 恐れ入った?」

「いったいった! 助けてくれてありがとう」

「な! ・・・」


急な礼に戸惑ったのか、素っ頓狂な声が漏れる。

水に包まれていて、はっきりとした表情を確認できなかったけど、

あーちゃんは照れていたと思う。


「べつにー、 学がいなくなったら私が困るだけよ!

 気が付いたならそれで良いの!!

 もう少しの間、、 そうしてなさい」


そう言って背中を向けてしまった。



沈黙が場に戻ると、体の感覚が敏感になる。

全身を包む水が優しく肌を撫で、その匂いを強く感じた。


水の香り。

どこか懐かしい、そんな感傷を呼び起こす匂いがする。

どこか、どこかで嗅いだ匂い。



プ二プ二ポヨヨン。

ポチャン! プ二プ二。


!?


そういやこれ、何の水なのかな?

そんな疑問が頭を過る。


「あのー、あーちゃん?

 この体に纏わりついてる水は・・・ 何かな?」


「トイレの水。

 そこの公衆トイレの水よ」


・・・。

無慈悲な即答がそこには在った。


何と言うか・・・ 全てがぶち壊しである。

聞かない方がいい事もある。

そんな教訓を学べた気がした。


今日は疲れた。

一時休んだら、家に帰ろう。 そう思う、学だった。

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