第7話


 「へえ!」

 すっかりと体調が良くなった彼は笑った。

 「いいね、アメリカ。かっこいい。」

 彼は彼で、サンディエゴになんか興味なさそうな顔をしている。

 「どのくらい?」

 「一年ほど。」

 「へえ!じゃあしばらく会えないね。」


 ずいぶんと簡単に別れの言葉を言うので、いっそすがすがしく感じた。


 「でも俺、パスポートないなあ。」

 「え?」

 彼はついさっき来たばかりのエビチリをほおばりながら言う。彼がそれらを飲みこんでしまう寸前に、私はその言葉が彼なりのフォローだと気づいた。

 「ほんと、会いに来てほしかったなあ。」

 にっこりと笑いあって彼はビールを左手に、右手を私の左手に重ねる。私も空いた手でピーチウーロンを持ち上げる。


 アメリカ、カリフォルニア。

 今は触れ合えるこの手も、17時間ずれて、永久に交わらない時間軸に吸い込まれる。




 「今、俺、彼女と揉めてるんだよね。」

 自分の事を話したがらない彼が一言だけ言った。これもフォローなのか、それとも今日を燃え上がらせるスパイスなのか、私にはつかみ取れなかった。

 ふうん、というと同時にピーチウーロンがなくなって、トイレ、とつぶやくと彼はするりと手を離した。



 サンフランシスコまで飛行機で10時間。



 「なんだっけ、なんか、あったよね。」

 いつの間にか支払いをすませてくれていた彼は、私がお金を出そうとする手をとめて言った。

 「あー、そう、ロスだ、ロスなんとかってバー。」

 「ロサンゼルス・スカイでしょ。あそこのマスター、たまにローストビーフくれるよ。」

 「嘘。次そこにしようよ。」


 ロサンゼルス・スカイまで、歩いて5分。


 「今日泊まっていきなよ。」

 慣れた口ぶりで彼がきっとそういう、そのタイミングまで、あと数時間。






 

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