第5話
絡みつく絶望感、ずるずると引きづりながら歩くようだ。孤独に歩いて、闇に飲まれる。前後左右すらわからず、一筋の光もない。身にまとうものもなく、私はただ恥も外聞も捨てて泣きわめく、怒る、笑う。
ふと、遠ざかるトラックの音で目が覚めた。
日はもうずいぶんと高い。
いつものようにアルバイトの帰り、友人の働くバーで飲んで、飲みすぎてしまったようだ。
飲みすぎた日は、水を飲んでから寝る。
こんな簡単な私の中のルールすら忘れて眠ったせいか、のどが異常に乾いていて口の中が気持ち悪い。
お酒と水しか入っていない冷蔵庫から2リットルのペットボトルを取り出して、そのまま飲んだ。
「そろそろはっきりしてあげたら?」
友人の声がよみがえる。
「いいじゃない、A。あたし割と好きだよ、ああいうの。浮気とかしなさそうだし。」
「こう言っちゃあなんだけど、あんた、そんなんだったっけ?昔はセックスなんて、ってツンとしてたのにさ。」
「誰だっけ?最初のあの・・・社会人だったあんたの元カレ。」
友人はマスターの冷たい視線もモノともせず、平気でたばこを吹かす。客は私と、さっきからダーツに夢中のサラリーマンだけだ。
「アイツと付き合ったあたりからじゃない?」
私は生返事をして、マスターにおかわり、と告げた。いつもひどく酔う私を知っているマスターはあまり良い顔はせず、とりあえず一旦飲みなさい、と水をこちらに差し出した。
年の割に端正な顔立ちをしたマスターは最近20近く離れた若い女と付き合いだした、と友人はこっそりと教えてくれた。世の中、金と顔よね、とあきれ顔でたばこをもみけす友人も、このバーの客と寝ていることを私は知っている。
「あたしはセックスが好きなんだもん。」
あっけらかんという言葉ぴったりに友人は言う。
「男は抱きたい、あたしは抱かれたい。最高のギブアンドテイクじゃない?合わなきゃ一度でサヨナラ、気持ちよかったらまたお互いに連絡でもするわよ。でもあんたは違うでしょ。別にセックスしたいわけじゃない。そろそろ一人に決めて、じっくり向き合うべきだと思うけど。・・・Aってそういうのに向いてそう。あんたに本気になってるみたいだし。」
友人は言うだけ言うとすっきりしたのか、ダーツをしていた客に向かって声をかけ始めた。私はその後も黙々と一人で酒を飲み続けて、閉店する薄明るい早朝にようやく帰宅したのだ。
昨日の朝、ずいぶんと前にもめた大学の事務員に会いに行くと、相手はやけに丁寧な、へりくだった声で、来学期から大丈夫ですから、と告げた。
来学期から、大丈夫。
そのまま返した私に、化粧っ気のない顔をあちこちに向けながら事務員は続けた。
ホラ、お母様からも連絡頂きましたし、今回のことは、ホラ、こちらの連絡ミスでしたから、この書類、ネ、この書類こちらでダウンロードしましたから、埋めていただいて、そうしたらもう、向こうの大学も大丈夫っていうことで、秋学期から来たらどうかって、普通は春からなんだけど、あのホラ、田中先生もおっしゃってたのよ、早めに対策してあげてって、だからね、ビザとかの申請ってあたしはよくわからないんだけど、それまでにできるそうなの。ネ、秋から行きましょう。そうしましょう、ごめんなさいね・・・・
わからない、と、こうらしいのよ、と繰り返して、説明する気があるのかないのか不明の事務員は数枚の紙を渡して、あなたにしてもらうのはそれなの、あとはこっちでやれるから、とぴしゃりと窓を閉めた。
夏休みの中間、宙ぶらりんな時期に、私の学生という身分まで、日本とアメリカとで宙ぶらりんにされたらしかった。
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