第3話

 Aと最初に食事に行った日、私たちは初めて身体を重ねた。相性は良くも悪くもなく、強いて言うならば彼よりも手際は悪かった。しかしAからは、欲をかきたてるような不思議なにおいがしていて、私はそれをかいでいるだけで幸せになれた。

 ふと彼が噛んだ私の指を思い出して、同じようにAの指を噛んだ。

 何をされても情けない声を出す彼は、眉をおとしてこちらを見つめていた。


 Aは何もしらない。

 この世には平気で嘘をつける奴がいること、私が平気で嘘をつけること、愛情でセックスをしているわけではないこと。

 「いつも、君が応援してくれるから、頑張れる。こんなにも、僕の事を思ってくれていた人は、今までいなかったよ。」

 その言葉に、笑顔を見せる私の感情も。






 暗闇。一階では怒鳴り声。

 二階、半分開かれたドアの奥で、隠そうともしない下卑な声。

 


 いつだって絡みつく、過去の重たい闇。じわじわと侵食する絶望感も、もう慣れっこだった。

 私が男といれば、闇は私に近づいてこないのだと、知ったのはいつのころだっただろう。

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