第144話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その7
もはや制御出来ない彼女をどうにかしようと、クラサクは困惑し始める。副組長に必死にしがみついたサクラの背中めがけて、今度はユウキが必殺の一撃を入れた。
「ぎゃああああ!」
こうして彼女もまた白目をむいて倒れ、またしても異世界生物が分離して床に転がる。いきなり組員2人がやられ、その状況からクラサクはこれが悪霊の仕業でない事をはっきりと認識する。
「なるほど、完全に読めたぞ。お前ら、前からさんざん俺達の計画を潰してきた奴らだな……」
警戒する副組長はゆっくりと後ずさる。その様子から気配を消す忍術を見破る方法も薄々感じ取れてきているようだ。ユーイチはゆっくりと距離を詰めながらこの組織のNo.2に改めて質問する。
「ボスは……その奥か?」
「やっぱりだ。聞き覚えあるぞその声!一体何をやった!」
「悪党に話すべき言葉は……ない!」
彼はそうかっこよく返事を返すと、気配を消したままクラサクに襲いかかる。対する副組長も流石修羅場をくぐっただけあってこの気配を敏感に感じ取り、すぐに銃を構えて引き金を引いた。
「死ねぇぇぇ!」
「もうそれ効かないから」
クラサクは姿を消して襲ってくるユーイチに向けて正確に銃弾を何発も連続で撃ち込んだ。それは間違いなく標的に向って着弾しているものの、防御アイテムをしっかり着込んでいる彼には通じない。
攻撃可能範囲まで一気に距離を詰めたユーイチは、そのままこのクールヤクザに向って必殺の掌底を打ち込んだ。
「うがあああっ!」
こうしてサクラ組の3人は一瞬の内にユーイチ達によって分離処理される。倒した異世界生物はミヤコが持参していた特別なキャリーに回収していく。
最後の1匹を回収したところで、彼女はユーイチに話しかけた。
「後はボスだけですね」
「この騒ぎを察知して逃げてしまうかも。急ごう!」
「いや、急ぐ必要はないぞ……」
ユーイチ達が話をしていると、事務所の奥のドアが開き、恰幅の良い只者ではない雰囲気の男が現れる。どうやら彼こそがサクラ組の組長――政府の資料によるとシクラ・トウドウ――のようだ。
この突然の展開にユーイチ達も流石に息を呑んだ。
「ま、まさか……」
「ボス?」
姿をまだ消したままであるにも関わらず、その溢れ出る強者のオーラを前にしたユーイチとユウキはこのボスとの距離を取る。
シクラは前方をじろりとにらみつけると、余裕たっぷりに話し始めた。
「姿は見えんがそこにいるのだろう、元ランラン諸君」
「流石はボスだな。お見通しとは……」
弱小とは言っても流石はヤクザの親分。潜った修羅場の数から培われた邪悪な雰囲気にユーイチは飲まれそうになっていた。言葉だけで周りを圧倒させるシクラはゆっくりと見えないはずのユーイチのいる方向に向って歩き始める。
「だが、そう簡単には倒されんグヴォオオ!」
意識がユーイチに向っていたのを逆手に取って、側面からユウキの容赦ない一撃がこの組長にヒットする。この一発で組長もまた人間体と異世界生物に呆気なく分離した。
こうしてサクラ組の組員は全員ユーイチ達に分離処理されたのだった。
「はいお疲れさん」
「ユウキ……容赦ないな」
「長引かす必要もなかったでしょ。効率重視だよ」
「あ、ああ……」
このある意味リーダーをおとりに使った作戦に、ユーイチは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。こうして仕事は無事に成功し、ユーイチ達はシンクロを解く。
全部で4匹の異世界生物を手土産にシュウト達は帰路に着いた。
地元の駅まで戻ったところで勇一と別れ、2人はちひろのもとにこの成果を無事に送り届ける。キャリーの中でぐったりしている4匹を目にした彼女は目を輝かせて手を叩いて喜んだ。
「すっごーい!お手柄ねっ!」
「てへへ……」
彼女から褒められたシュウトはポリポリと頬を掻く。その後、ちひろは興味津々な表情で2人に話を振った。
「風から聞いたけど、ラノベで忍術を覚えたんだって?」
「俺達の中の異世界生物達が、ですけどね」
忍術の事はまだ仲間内以外には話していなかったので、彼は照れくさそうに返事を返す。ちひろは自分の得た情報のすり合わせが出来たと言う事で、更に目を輝かせた。
「でもすごいじゃない!これからは仕事も楽になるわね!」
「ま、手の内がバレていない内は……」
事態を楽観視する彼女に対して、シュウトはどちらかと言うと慎重派だった。からくりがバレれば対策をされてしまうかも知れない。そう考えたからこそあまり手放しで喜んでもいられないと言う反応を返していたのだ。
この自信なさげな彼を見ていたちひろは、ぽんと優しく肩に手を置いた。
「ぜーったいバレないようにしてね。じゃないと敵もラノベでパワーアップしちゃうかもだし!」
「き、肝に銘じます……」
真顔でそう言った彼女の言葉の圧に、シュウトは圧倒されてしまう。頼りない男子に代わって、ここで由香が胸を張った。
「大丈夫、この術があればバレる前に全員仕留められます!」
「おお、頼もしい。じゃあこれからもよろしくね!」
「任しといてください!」
こうして話は終わり、2人は政府のビルを後にする。ちひろはよっぽど機嫌が良かったのか、帰っていく2人をいつまでも手を振って見送っていた。振り返ってそれに気付いた2人も手を振り返して、和やかな雰囲気はしばらくの間続く。
帰り道、改めてシュウトはご機嫌な由香に話しかけた。
「本当最近調子いいよな」
「これからもガンガン行くよ!」
忍術を覚えてからの手応えに自信を持っていた彼女は、拳を握ってやる気を見せる。そんな強気な彼女を見たシュウトは冷静にツッコミを入れた。
「まぁ事件待ちだけど」
「そこは話に乗ってよ!」
ノリの悪い彼の反応に由香は普通に気を悪くする。その後はまた2人ラーメン屋さんに寄って腹ごしらえをして解散となった。
ひと仕事終えたラーメンの味はまた格別で、食べ終わった頃には2人共すっかり仲直りして機嫌良く別れ、それぞれの家へと帰宅する。
1月もそろそろ終わると言う事で、3学期最後のテストの時期が近付いていた。1人になったシュウトはしばし仕事もラノベも一旦止めて、勉強の方に集中しようと、すっかり暗くなった夜空を見上げながら思いを馳せたのだった。
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