第143話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その6
そんな感じで和気あいあいな雰囲気で道を歩いていたところ、このあまりにも普通すぎる街並みを眺めていた勇一が素朴な疑問を口にする。
「でもこんな街中にそんな工場があるのかよ」
「資料にはそう書いて……あそこかな?」
彼の言葉を聞いたシュウトがまたスマホを取り出して確認をしていると、該当の場所が突然目に飛び込んできた。何度か確認してその場所で間違いない事が分かると、3人は正体がバレないように一旦物陰に隠れる。
そうして全員で見つめ合い、何となく代表でシュウトが声をかけた。
「じゃあ、行こうか」
「「「シンクロ!」」」
こうして全員が入れ替わり、サクラ組壊滅作戦の幕が上がる。前回の作戦時に忍術をマスターした3人は、今回も術を使って一気に敵を倒す作戦を実行に移した。
リーダーのユーイチが後の2人の顔を見つめながら宣言する。
「じゃあ、気配を消して乗り込もう!」
「おっけ!」
「了解です~」
こうして早速気配を消した3人は隠密行動で誰にも悟られる事なく、街の中心地で堂々と営業している偽ブランド工場への侵入に成功する。
工場では、休みの日であるにもか関わらず仕事をしているサクラ組の組員が分かりやすく愚痴をこぼしていた。
「なぁ、本来今日は休みのはずだよな」
「人間達の話ならね」
「なんで俺達休めないんだ?」
話をしていたのはサクラ組のビシハとサクラ。愚痴を言い合いながら機械が生産する偽ブランドの服の出来をチェックしている。休みが欲しいと訴えるビシハに対して、サクラは冷めた顔でクールに突っ込んでいた。
「そう言うのは組長に言ってくれる?」
「いや俺が言える訳がないだろ」
「じゃあ黙っててよ」
2人の雑談は段々と険悪な方向にヒートアップしていく。売り言葉に買い言葉になっていって、ついにはビシハから怒号が飛び出した。
「愚痴くらい言ってもいいだろうが!」
「ああん?」
対するサクラも流石サクラ組構成員。いきなり大声で威嚇されたので眉を吊り上げてビシハをにらみつける。お互いにもう仕事どころではなくなっていた。
気配を消してその会話を聞いていたユーイチは、悪党達の辛い仕事環境に同情する。
「休みがないなんて大変だな」
「は?」
周りには2人以外誰もいないはずなのに突然どこかから声が聞こえてきて、サクラは自分の耳を疑った。キョロキョロと声の主を探すサクラ組組員達。
その様子を目にしたユウキも、このこき使われる組員達の境遇に哀れみを抱いた。
「ちょっとあなた達に同情するわ」
「何だ?一体どこから……」
どれだけ確認しても声の主を発見出来ず、ビシハは見当違いの方向に顔を向けている。そんな間抜けな組員にユウキが気配を消したまま声をかけた。
「あなた達のボスはこのビルの上?」
「な、何か怖えよ?」
ビシハは、この声だけが聞こえると言う謎の現象にすっかりビビってしまう。この騒ぎを聞きつけて、事務所から副組長のクラサクがやってきた。
「おい、どうした?」
「工場に化け物か何かがいるんだよ!しかも一体じゃない!」
副組長の質問には、まだいくらかマシなサクラが返事を返した。当然ながら化物なんて話をクラサクがすぐに信じるはずもなく、何かの気の迷いだとばかりに逆に彼女の説得にかかった。
「は?何を言ってる?」
「う、撃っていいいよな?な?」
異常現象を目の当たりにしてパニックになったビシハは白昼堂々懐から拳銃を取り出して、声の主に向って狙いを定めようとする。
しかし相手の正確な位置が分かっている訳ではないため、その手の動きは全く定まらず工場内のあちこちにその銃口を向けていた。この行為を目にした副組長は、いつ暴走するか分からない気の気の弱い組員を一喝する。
「ば、馬鹿!こんな昼間から銃声が響いたら騒ぎになるだろうが!ちったあ考えろ!」
「いや、何かいるんだって!マジで!」
怒鳴られたビシハは副組長に向かって、恐怖に怯えた顔で切実に訴える。実際に声を聞いていない副組長はその話を信じるはずもなく、ただふざけているだけと判断した。
「ふざけんのもいいかげんにしろ!」
そうして気を悪くして、そのまま事務所に戻っていってしまった。
「こここ、こんな時はコレでしょ!」
この時、異常現象を共に経験したサクラは霊現象に効果があるとされるある製品を探し出していた。それはスプレー式の消臭剤。確かに巷では霊に効果があるとされている代物だ。
その最終兵器を手にした彼女は、恐れを払拭するために工場内を手当たり次第に噴霧し始める。
当然ながら忍術で気配を消している3人に消臭スプレーが効くと言う事はない。ただ、いきなりスプレーを吹き付けられたのでユーイチ達もびっくりして声を上げてしまった。
「うおっ、びっくりした」
「あれ?これで悪霊は退散するって話じゃ……」
サクラはスプレーを噴霧したのに効果がなさそうな雰囲気を感じて、顔を青ざめさせる。その様子を見たユウキはこの状況をうまく利用出来そうだと、敢えて悪霊を演じる事にした。
「おのれぇ……よくも我をぉ~」
「うわああああ~!」
「ちょ、おいてくな~!」
その恨みのこもった声を聞いたサクラ組の組員2人は本格的にパニックになってしまい、現場を放棄して事務所に逃げていく。思い通りの結果になって、おばけの演技をした彼女は思わずクスクスと笑い始めた。
「ちょろい」
「迫真の演技でしたねぇ~」
「お、追うぞ!」
ミヤコがユウキの演技を称える中、ユーイチは逃げていった2人を追いかけようと2人に声をかける。
その頃、逃げ出した2人は助けを求めて事務所に駆け上がっていた。そこで事務仕事をしていたクラサクに向って、それぞれが悲壮な表情を浮かべながら訴える。
「おばけぇ~!」
「何ィ?」
「た、助けてくれェ~」
怯えきった2人は、頼れる副組長を前にすっかり弱気になっていた。そんな情けない組員を目の当たりにしたクラサクの怒りが頂点に達する。
「悪霊ごときでビビんじゃねぇ!戦え!」
「そ、そんなぁ~」
助けを請いに来たのに逆に無慈悲な対応をされて、ビシハは絶望して膝から崩れ落ちる。このタイミングで事務所の扉が開き、何かが入り込んだ気配が漂ってきた。気配を消した3人が入ってきたのだ。
当然姿は見えないものの、微かに感じる違和感をクラサクも敏感に感じ取る。
「む」
「ほら、この気配!何もいないのに!」
嫌な気配を感じ取ったビシハは、振り返って副組長に泣き顔で訴える。パニック状態の組員に対し、平常心を保ったままのクラサクは、手を顎に乗せてこのからくりを冷静に分析する。
そうして、この状況からある結論を導き出した。
「いや……これは敵が姿を消しているだけだ!」
「いや何も分かんないよ、こんなのおかしいよ!」
その正しい分析に対して、パニックになったビシハは副組長の意見を全く受け入れようとはしなかった。冷静に判断の出来ない組員を見たクラサクは呆れてため息を吐き出す。
「お前ら、使えないな」
「だから兄貴に助けオブッ」
懇願するビシハをシュウトは必殺の一撃で倒した。強烈な掌底を受けて融合していた異世界生物は分離し、白目をむいて事務室の床に転がる。
それを見たサクラはこれを悪霊の仕業だと勘違いして、力の限りの叫び声を上げた。
「ひいいい~!」
「バッ……派手に動くな!落ち着け!」
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